INVADOR


「キキッ!」猿の様な声が店内にこだまする。
舞波達は自然と阿久津のそばに背中合わせに集まっていた。

暗くなった店内にぼうっと何かが浮かび上がった。

顔?

グレイマスク?
まるで宇宙人の顔の様な大きな目をした顔がいくつか暗闇に浮かび上がっていた。

マスクを被っているのだろうか?それとも本当の顔?
舞波は暗闇に目が慣れ始め、相手の顔だけでなく体も見えてきていた。

腰を低くかがめた状態で舞波が見ている方向だけで4人。
少し首を左右に動かすとさらに視界に数人入ってくる。
その中にひとりだけ背筋をぴんと立てた男?が一人。

身長は180cmはありそうだ。

その男がほとんど顔面を動かさないのに、声が聞こえてきた。

「あなた方がこちら側のゲートなんですね」

「そうだ」阿久津が間髪を入れずに答える。

「あなた方に恨みはありませんが、我々はゲートを通らなくてはならない。別に殺しはしません。ただ我々を通してくれるだけで良いのです」
グレイマスクは静かな口調で語った。
「通って何をする」
「こちらの世界のあるエネルギーを頂きます」
「否と言ったら?」

その時グレイマスクが阿久津の言葉にかすかに微笑んだ様に舞波には見えた。

「力づくで」
リーダー格とおぼしきグレイマスクがそう言った瞬間、他のグレイマスク達が一斉に舞波達の飛び掛ってきた。

「このお!」ゆりなが飛び出し長い腕で3人を一気になぎ払った。
いつの間にかバトルスーツを装着している。

「なんだか良くわからないけど、戦いますよ。ビューティチェンジ、ピーチ!」
桃子はそう叫ぶと、一瞬にしてバトルスーツ姿に変わり、別の方向から襲い掛かるグレイマスクを迎え撃った。

二人は襲い掛かってきたグレイマスク達をあっという間に店の床に叩き伏せた。

「あなた達いつの間に・・」
阿久津がやや唖然とした表情で店内を見回した。

「阿久津さん?」
舞波が阿久津の隣に立って声をかけた。
「彼らは敵ですか?」
阿久津は舞波の問いにけげんな顔をした。
「味方に見えますか?」

「いいえ」舞波は阿久津を見上げる。
「敵なんでしょうけど、誰の敵なんだか」
舞波はそのまますっと前に出て無言でバトルスーツを装着した。
体が一瞬光ったかと思うと、次の瞬間にはスーツを装着している。

「これがあなたの企みで無いことを祈ります」
舞波はそう言うとリーダー格のグレイマスクに飛び掛った。

「いかん、そいつは」阿久津が止めようと飛び出した時には遅かった。

「キャッ」
舞波は悲鳴を上げて弾き飛ばされる。
舞波の体は店のガラス窓にぶつかり、ガラスを破って外に飛び出した。

舞波!」
ゆりなと桃子が舞波を追う様にして店の外に飛び出した。
店内ではゆりなと桃子に叩き伏せられたはずのグレイマスク達がもぞもぞと起き上がり始めていた。

阿久津は壊れた窓の前に跳び舞波を守る様に仁王立ちになった。
合計8人のグレイマスクが指先から何かの光を放つ。

「くぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
阿久津の気合を入れる声とともに、阿久津の前に光の壁が現れ、グレイマスク達の放ったビームを弾く。
「ぐは」
その阿久津は突然真横に弾かれた。
リーダー格のグレイマスク。阿久津の横っぱらを打ち抜く様に拳を放っている。

「阿久津さん?」
桃子がリーダー格に向かってピンク色の光の剣を振り下ろした。

剣の根元はワイヤレスマイクだ。

斬った!!

桃子がそう確信した瞬間、グレイマスクの体が目の前から消えた。
バリン!
桃子の近くの窓ガラスが割れ、リーダー格のグレイマスクが店の外に飛び出してくる。

「このお」
桃子はピンクの剣をグレイマスクに向かって突き出すがグレイマスクの動きが速く捉えられない。

「あ、駄目」
桃子の剣が外を歩く歩行者に当たりそうになる。
桃子は剣をひっこめ、そのまま勢い良く歩道を転がる。

立ち上がって周りを見ると歩行者も車もみな静止している。

この間、小さい獣に襲われた時と同じだ。

「桃子!」
舞波とゆりなが桃子のそばに駆けつける。
「これって、私が電車で経験したのと同じだよ」
ゆりなが呟く。

「まだゲートが開いていないんですよ」
リーダー格のグレイマスクの声。
「阿久津さん」
舞波が声を上げる。
阿久津の首を後ろからグレイマスクが掴んで立っている。
阿久津の左腕からは血がしたたり落ちる。

「あなた方全員を倒して、ここのゲートを開けさせてもらいますよ」
グレイマスクは静かな声で宣言した。

Cafe Buono! 2


「本当に次元獣に襲われたのですか?」
阿久津はカウンターに座った桃子とゆりなに交互に視線を送った。
「少なくともあんな生き物は見たこと無いよ」
ゆりなが真顔で答える。

桃子は何かを思い出そうとするかの様に瞳を閉じた。
「名前はともかく、そんなに凶暴な子たちじゃなかった」桃子は目をつぶったままでそう呟いた。

「彼らは別に悪の化身ってわけでは無いですから」
阿久津が言葉を返す。桃子は目を開けて阿久津の顔をまっすぐに見つめた。

「話して、全部」
桃子は普段人前で見せない様な鋭い視線を阿久津に投げかけていた。

「私は・・・」阿久津は静かに語り始めた。
「山形の山奥の寺の子供でしてね」

阿久津はにわかには信じられない様な話を舞波たち3人の前で語った。

阿久津は東北地方の山寺の息子として生まれた。
阿久津が小学生になった頃、ふと違和感を感じ始めていた。まだ幼かったから漠たるものだったが、彼の家は寺といってもどうも他の寺と違う様なのだ。
物心つく頃から不思議な修行をさせられ、最初はそれが仏教の僧侶の当たり前の修行だと思っていたのだが、色々な書物や他の寺の様子を見聞するにつれそうでは無いことがわかっていた。

彼が小学校の高学年に上がる頃、阿久津の父は彼が生まれた寺がどういうものであるか話して聞かせた。

「簡単に言えば門番、それが私の家に課せられた使命だったんです」
「門?」
ゆりなが首をかしげる
「我々が居るこの世界と、別の世界を繋ぐ門。それを見つけ出し、門の向こう側から来るものを追い返す。それが私の仕事」阿久津は笑っていたがふざけた様子は無かった。
「向こう側から来るものって次元獣?」
桃子が聞く。
「ええ、そうです。」
「なんだか3流のジュブナイル小説に出てきそうな設定だなあ」舞波はぼんやりとした目で天井を見上げた。
「別の世界ってのは何?何をしにこの世界に来るの?」桃子がさらに質問する。
「何なのかはわかりません。とにかくそれは在るとしか言い様が。それから、次元獣は何か目的を持ってこちら側にくるわけではありません。いや、はっきりとはわかっていませんが、私はそう考えています。彼らはたまたま門に迷い込みこちら側に現れるのです。」
「だとしたら」舞波がつぶやく。
「何?」とゆりな。
「次元獣って別に私達に悪意を持ってるわけでは無いんだよね?」
阿久津は舞波の言葉に悲しげな表情を作った。
「そうなの?」ゆりなが誰にともなく確認する。
「その通りだと私も思います。ただ、彼らは私達は全く別のルールに支配された別世界の住人。この世界と入り混じると最悪何が起こるかわかりません。現に・・・」
日産スタジアムでの出来事。あんなのが街の中で暴れまわったら・・」舞波はうなづいた。

「あなたが門番なのはわかった。でもそれと私達の関係は?それに門ってどこにあるの?日産スタジアムにあるんだったら、それをなんとか・・・」
桃子は珍しくきつめの表情で阿久津を見つめた。

阿久津はしばし腕組みをしたまま目をつぶっていた。
「阿久津さん?」舞波がカウンターごしに腕をのばし、阿久津の腕に触れる。

「門は」阿久津は口を開いた。
「同じ場所に固定されているわけではありません。そして」
「あーもうじれったいな」ゆりながどんとカウンターを拳で叩いた。
「代わりに言ってあげるよ」ゆりなは阿久津を睨みつけた。
それから立ち上がって舞波と桃子を見下ろす。
「その門って言うのは人間。つまりあたし達のことでしょ?」
ゆりなは強い口調で言い放った。
「ゆりな・」舞波は呆然とゆりなと見つめた。
一方桃子は目をつぶり沈黙していた。
桃子もまたゆりなと同じ結論に達していた。
次元獣は私達の居るところに現れる。あんなものが世界のあちらこちらに現れていたら今頃大騒ぎになっているはずだ。

「その通りです。あなた達だけではありません。私自身も含めて、この世界に現れた特別な力を授かった人間。それが別世界に繋がる門そのものなんです」

阿久津はそう言って3人にゆっくりと視線を送った。

バチン。突然店の明かりが消えた。

「何?」舞波が振り返って店内を見回す。
暗い?まだそんな時間では無い。店内だけでなく外まで。

阿久津がカウンタをジャンプして跳び越し、店内をぐるりと見回した。
「これは?」

Cafe Buono!


カラン!
春一番が吹いた日曜日、舞波は目黒にあるカフェの扉を開いた。
Cafe Buono!、表のいかにもな感じのウッドの看板にそう書いてあった。

舞波は店内を見回し、カウンターの空き席にすっと座る。

「いらっしゃい、何にいたしましょうか?可愛いお嬢さん」
カウンターの向かいにいる店のマスターが小さなメニューと水の入ったグラスを舞波の前にそっと置いた。

「ずいぶん落ち着いたお店なんですね?もっとおどろおどろしいのかと思ってました」
舞波はマスターの顔をじっと見つめながら言った。

「おどろおどろしい?」マスターが聞き返す。
「なんというか、ヘビメタ系ってゆーか」
舞波の答えにマスターはくくくと笑い始めた。
「だってあなたはそーいうイメージですもの?阿久津さん?」

「いやいや、驚きましたよ」カウンターの中で阿久津はにこやかに笑う。
「とりあえずエスプレッソと、アップルパイを頂こうかな」舞波はメニューを指差しながら阿久津の瞳を見つめた。
その瞳には悪意は感じられない。やはりこの人は…

「どうしてここがわかったんですか?」
阿久津は舞波のオーダーに応えるべく、エスプレッソメーカーの操作を始めながら静かな口調で尋ねた。

つんく♂さん」舞波はカウンターの中の阿久津を見つめながらこともなげに話す。
つんく♂さんのパソコンを覗いたの。そうしたらこの店の情報が」
「いつの話です?」阿久津が再度尋ねる。
横浜アリーナ、いえ日産スタジアムであなたの逢った日。あの後横浜アリーナに戻った時、こっそりと」
「なぜそんなことを?」
「たまたま、つんく♂さんが私達をクルマで横浜アリーナに連れ戻ったあと、少しだけクルマをひとりで離れたんです。その時車内にあったノートパソコンが目に入って」
「いけない人ですね?いつも他人のパソコンを覗き見したりするんですか?」阿久津はそう言いながら舞波の前にエスプレッソの入ったカップを置いた。
「まさか」舞波エスプレッソに少し口をつけてから、阿久津の言葉を否定する。
「もちろん、普段はそんなことしないですよ?でも、あの日、つんく♂さんの行動になんとなく不自然さを感じたんです。つんく♂さん、まるであなたに協力しているみたいで。そもそも」舞波はそこで言葉を切った。
阿久津が舞波の目の前にアップルパイを載せた皿を置いたのだ。
舞波はとりあえず一切れ、ナイフを入れてフォークで口に運ぶ。
「ん、これオイシイ」
阿久津は黙ってペコリと頭を下げた。
「そもそも」舞波は言葉を続けた。「いくらつんく♂さんがフツーじゃない発想の持ち主でも、私達のあんな現実離れした問題に付き合ってくれること自体が変なんです」

「なるほど」阿久津はうなづいた。
「つまり舞波さんは彼を疑っていたわけだ?」
「そうね。つんく♂さんのパソコンの中にあなたの関する情報を見つけて、あの時はとても同様したわ。ほら、このケータイにその情報を転送したの」
舞波は自分のケータイを開いて、とあるメールを阿久津に見せた。

「Cafe Bouno!、あなたがこんなカフェのマスターだったなんて…一体何故?」
「何故とは?」
「こんなステキなお店を持っているあなたが、あんなわけのわからないことをしている理由」
「なんだと思います?当たったら、何かデザートをもう一品サービスしますよ?」
「あなたは」
舞波は阿久津の目を見つめながら語り始めた。
「私達を覚醒させるためにわざと桃子を襲ったりしましたね?もともと私達に対して悪意は無かったのでしょう?」
「どうですかね?今すぐにでもあなたを襲うかもしれませんよ?」阿久津は悪役っぽい表情でニヤリと笑って見せた。

「あなたは私の家を知ってますね?事務所に所属していた頃から変わっていないし、当時マネージャーの一人だったあなたはメンバーの家を覚えてますよね?」
「それが何か?」
「あなたは私達がひとりきりのところを狙おうと思えばいつでも狙えるんです。何もコンサートの日の会場を狙わなくても。あなたが中野や横浜アリーナを狙ったのは、私達3人が揃うチャンスを待っていた。3人を覚醒させ何かを伝えるために」

「ふむ」
阿久津はカウンターにある食器棚から新しいお皿を取り出し、そこにシュークリームを一個載せて舞波の前に置いた。

「つまり」舞波はそのシュークリームに視線を落とし、それから阿久津の顔を見た。
「正解ですか?」

阿久津はコーヒーを一杯カップに注ぎ、自らの口に運ぶ。
「さて、どう言ったものでしょうかね」

「阿久津さん、桃子とゆりなが最近次元獣に襲われました」
阿久津の顔が一瞬ぎょっとした表情になるのを舞波は見た。

「私が直接見たわけではないので、それが次元獣というものなのかはっきりとはわからないけど、二人とも何か不思議な空間に引き込まれたと言ってました」
舞波さん」阿久津の額に汗がにじんでいた。
「二人は無事なんですか?」
舞波はその問いに答えず、阿久津の顔を見つめた。

「無事だよ」
舞波の背後から誰かが声を発した。
カフェの入り口にふたつの影。
逆光で見づらいが、背の高い細い影と少しぽっちゃりした低い影。

「ホント、いい感じの店だね」
ゆりなと桃子がゆっくりとカウンターに向かって歩いてくる。
「阿久津さん」
舞波のとなりに座った桃子が言う。
「このお店のお勧めのケーキをくださいな」
「アタシはクッキーがいいな」
ゆりなは舞波の前に置いてあったメニューを手にとって指差す。

「あなたたち」阿久津の顔に笑みがこぼれた。
「ゆっくりお話を聞かせて?阿久津さん」桃子がカウンターに頬杖をついて阿久津の顔を見上げた。

川*^∇^)<イベントは園児服で

ENJOY!


都心を離れ郊外へと向かう電車。
疲れた人々を乗せ混雑した車内で興奮にも座席に座ることができたゆりなはうとうとと眠りかけていた。
学校が終わると都心に出てコンサートのリハーサル。

遊ぶヒマも無く夜になり自宅に帰る。
自ら望んで入ったこの世界だけど、ふと虚しくなることもある。
今日はなんだ疲れたな。こういう日に限って…

今も止まらない体の疼き。
溜まったガスを抜く様に、時々桃子が戦いの相手をしてくれるけど。

未だに自分の力を制御しきれないことにゆりなは焦燥感を感じていた。
自分の力を不意に解放したくなる。
普通の人間相手に不用意に使っては相手を再起不能にしてしまうかもしれない力。

桃子相手にトレーニングしている時は発散できるけど、それにしたところで本当の全力で戦っているわけではない。
お互いが本気を出したら何が起こるのか。怖くて試す気にはなれない一方で、その力を使えという体の奥底からの声がどんどん大きくなっていた。

このままではいずれ…

ガタン。
電車全体が大きく揺れた気がした。
何?

空間が歪む。直感的にそう感じた。
閉じていた目をそっと開ける。
何?みんな止まって。
混雑した電車の中。全ての人間が蝋人形の様に止まっている。

「ヒィイイイイイイイイイイイイ」
何かの声?
電車の窓?外に張り付いている!
ゆりなは立ち上がって振り返った。
真っ白い人型の何かが電車の外側に張り付いている。顔は全てのっぺらぼう。
人数は?1,2,3・・・ゆりなは途中で数えるのを止めた。

アレ?車内に立っている人間がたくさん居るのにゆりなの体に当たらない。スルリとすり抜けてしまう。
やっぱりここは?

ギィイイイイイイ。電車のドアがこじ開けられる。
相手が入ってくるより先にゆりなは電車の外に飛び出した。
線路脇の道路に着地する。

間髪を入れずに襲い掛かってくる白い人型。
「ふひ!」不思議な叫び声を上げてゆりながその人型を長い腕で蹴散らす。
体の奥から快感がこみ上げる。
何人居るのかもわからない人型を何も考えずに全力で叩きのめし続ける。
電車は止まったまま。いや、周りの世界全てが止まったまま。
そんな不思議な場所でゆりなは嬉々として自分の力を解放していた。

まずい。ゆりなの潜在意識のどこかに不安がよぎる。このままだと自分が自分で無くなってしまう様な感覚。でも止まらない。

一瞬思考が途切れる。
その間に複数の白い人型がゆりなに迫る。
「このお」ゆりなは正面から迫る3人をまとめてなぎ倒す。

あたしもももちみたいに光の剣とか使えたら。
脳裏に桃子が日産スタジアムで見せた技が浮かぶ。

「危ない後ろ!」
誰かの声。
振り返ったゆりなに5人の人型が背中から襲いかかろうとしていた。

剣?5人とも光の剣らしきものを振り上げていた。
素手で止められる?

「お前ら消えちゃええええええええええええええええええええ」
ゆりなは思わず叫ぶ。
その声に反応するかのようにゆりなの周りの空気が激しく振動した様に感じた。
まただ?空間が歪む。

一瞬にして、目の前の景色が大きく歪んだ。
そして目の前の5人の体も大きく歪み・・・消えた?

ゆりなは周りを見回す。自分を襲ってきた人型は全て消失していた。
電車は止まったまま。世界は止まったまま。

さっきの声の主は?
「ここだよ」
ゆりなの脳内に直接響く様な声。
ゆりなは地面に何かが落ちているのを見つけた。
リラッくま?くまのヌイグルミ。

ゆりなはそれを拾い上げる。
「やっと逢えたね」
「あなた?」
「『くまちょ』って呼んで」
それって…桃子が自分を呼ぶ時の呼び方のひとつ。
なんか言いにくいなあ。
「くまちょ?」
「早く電車に戻って。世界がまた動き出す」
ゆりなはくまちょを抱えて電車の扉に向かってジャンプする。
ゆりなが車内に戻ると自然に扉が閉まった。
ゆりなは元の座席に何事も無かったかの様に座り込み、目を閉じた。

ガタンガタン。聞きなれた電車の音。
ゆりなが再び目を開けた時、目の前にはいつもの車内風景が広がっていた。

ただ違うのは膝に抱いたくまのヌイグルミ。
「ねえ?君」
ゆりなは小さな声で呟く。
・・・・
答えは無かった。

ゆりなは疲れた体を癒すようにそっと目を閉じた。