Cafe Buono! 2


「本当に次元獣に襲われたのですか?」
阿久津はカウンターに座った桃子とゆりなに交互に視線を送った。
「少なくともあんな生き物は見たこと無いよ」
ゆりなが真顔で答える。

桃子は何かを思い出そうとするかの様に瞳を閉じた。
「名前はともかく、そんなに凶暴な子たちじゃなかった」桃子は目をつぶったままでそう呟いた。

「彼らは別に悪の化身ってわけでは無いですから」
阿久津が言葉を返す。桃子は目を開けて阿久津の顔をまっすぐに見つめた。

「話して、全部」
桃子は普段人前で見せない様な鋭い視線を阿久津に投げかけていた。

「私は・・・」阿久津は静かに語り始めた。
「山形の山奥の寺の子供でしてね」

阿久津はにわかには信じられない様な話を舞波たち3人の前で語った。

阿久津は東北地方の山寺の息子として生まれた。
阿久津が小学生になった頃、ふと違和感を感じ始めていた。まだ幼かったから漠たるものだったが、彼の家は寺といってもどうも他の寺と違う様なのだ。
物心つく頃から不思議な修行をさせられ、最初はそれが仏教の僧侶の当たり前の修行だと思っていたのだが、色々な書物や他の寺の様子を見聞するにつれそうでは無いことがわかっていた。

彼が小学校の高学年に上がる頃、阿久津の父は彼が生まれた寺がどういうものであるか話して聞かせた。

「簡単に言えば門番、それが私の家に課せられた使命だったんです」
「門?」
ゆりなが首をかしげる
「我々が居るこの世界と、別の世界を繋ぐ門。それを見つけ出し、門の向こう側から来るものを追い返す。それが私の仕事」阿久津は笑っていたがふざけた様子は無かった。
「向こう側から来るものって次元獣?」
桃子が聞く。
「ええ、そうです。」
「なんだか3流のジュブナイル小説に出てきそうな設定だなあ」舞波はぼんやりとした目で天井を見上げた。
「別の世界ってのは何?何をしにこの世界に来るの?」桃子がさらに質問する。
「何なのかはわかりません。とにかくそれは在るとしか言い様が。それから、次元獣は何か目的を持ってこちら側にくるわけではありません。いや、はっきりとはわかっていませんが、私はそう考えています。彼らはたまたま門に迷い込みこちら側に現れるのです。」
「だとしたら」舞波がつぶやく。
「何?」とゆりな。
「次元獣って別に私達に悪意を持ってるわけでは無いんだよね?」
阿久津は舞波の言葉に悲しげな表情を作った。
「そうなの?」ゆりなが誰にともなく確認する。
「その通りだと私も思います。ただ、彼らは私達は全く別のルールに支配された別世界の住人。この世界と入り混じると最悪何が起こるかわかりません。現に・・・」
日産スタジアムでの出来事。あんなのが街の中で暴れまわったら・・」舞波はうなづいた。

「あなたが門番なのはわかった。でもそれと私達の関係は?それに門ってどこにあるの?日産スタジアムにあるんだったら、それをなんとか・・・」
桃子は珍しくきつめの表情で阿久津を見つめた。

阿久津はしばし腕組みをしたまま目をつぶっていた。
「阿久津さん?」舞波がカウンターごしに腕をのばし、阿久津の腕に触れる。

「門は」阿久津は口を開いた。
「同じ場所に固定されているわけではありません。そして」
「あーもうじれったいな」ゆりながどんとカウンターを拳で叩いた。
「代わりに言ってあげるよ」ゆりなは阿久津を睨みつけた。
それから立ち上がって舞波と桃子を見下ろす。
「その門って言うのは人間。つまりあたし達のことでしょ?」
ゆりなは強い口調で言い放った。
「ゆりな・」舞波は呆然とゆりなと見つめた。
一方桃子は目をつぶり沈黙していた。
桃子もまたゆりなと同じ結論に達していた。
次元獣は私達の居るところに現れる。あんなものが世界のあちらこちらに現れていたら今頃大騒ぎになっているはずだ。

「その通りです。あなた達だけではありません。私自身も含めて、この世界に現れた特別な力を授かった人間。それが別世界に繋がる門そのものなんです」

阿久津はそう言って3人にゆっくりと視線を送った。

バチン。突然店の明かりが消えた。

「何?」舞波が振り返って店内を見回す。
暗い?まだそんな時間では無い。店内だけでなく外まで。

阿久津がカウンタをジャンプして跳び越し、店内をぐるりと見回した。
「これは?」