TRAINING


舞波は走っていた。
そろそろいつもの公園に着くはず。
あの日から3か月、最初はちょっと走っただけで息切れしたが、とりあえず5kmくらいは楽に走れる様になってきた。

自分が目指すべきところがどこなのか、多分もっともっと高いところを目指さなきゃいけない。でも確実に前進はしている。

いつも柔軟体操をやる公園に着いて、舞波は安堵のため息をついた。

汗をぬぐい、カラダを伸ばす。

大きくカラダを反らしたその先に人影が見える。
あれは・・

「元気そうやな?」
男は親しげに声をかけてきた。
明るい茶髪、金髪に近いだろうか?そろそろ40になるはずだが、ぱっと見にはずいぶんと若い感じに見える。

「偶然?じゃないですよね?」
舞波は少しツンと澄ました感じで言葉を返す。

「なんや毎日走ってると聞いてな」
その男、つんく♂はにこやかに答えた。
「平日は朝走っとるらしいやないか?今日は真昼間か?8月のこんな日じゃ暑くないか?気をつけんと倒れるで?」

「大丈夫ですよ、お気遣いなく」
舞波つんく♂の見ないまま、柔軟体操を続けた。

「なんで走りはじめたんや?」

なんで?なぜだろう?理由は自分でもはっきりわからない。
いや、少なくとも自分の考えは判っている。力が必要、そう考えたから。
謎の敵との戦いで傷ついた桃子と友理奈。敵に利用されたれいなとさゆみ。
あの戦いは結局桃子が傷だらけになりながら切り抜けた。
自分は何もできなかった。

自分達が持つ不思議な力、しかしその力を操るには普通の体力や精神力を鍛える必要がある。根拠は無いが舞波はそう確信していた。

たかが5kmくらい楽に走れる様になったことがどれほど役にたつかは判らない。
でも、少しでも自分を鍛えたい。
その想いが舞波を動かしていた。

「仲間を守るためかい?」
答えの無い舞波つんく♂が再度問いかける。

舞波は柔軟体操を止めて、つんく♂の顔を見た。

「あなたには答えられません」
舞波つんく♂の顔を睨みつけた。

「あなたが敵ではないと確信できるまで、あなたの質問には答えられません」
多分この男は自分の中に芽生えた疑惑に気づいている。舞波には確信に近いものがあった。
そもそもこれまでの戦いに際してこの男が絡んできたこと、そのすべてが疑わしい。
それに気づくものが居ることもこの男は想定していることだろう。


「どや、力を試してみんか?相手になるで?」

「ここで?人を呼びますよ?大声出しますよ?」
もしつんく♂舞波達と同じ力を身につけているなら、その行為に意味があるのかはよくわからなかった。

「別に物理的にどうこうしよういうわけやない。ココロの力を試すだけや」

なに?この感じ?
空間が歪む。

多分、二人にしかわからない世界が二人を覆う。

舞波はふっと全身から力を抜いた。
脱力感とともに周りの状況を感じ取る。

ココロの力?
試せるものなら・・・


つんく♂のカラダから何か光の様なものが見える。

やっぱりこの人。

舞波は静かに立ち尽くしたまま、公園全体の様子に神経を張り巡らせていた。

つんく♂一人に集中するのではなく、全体の一部として彼を捉える。


波・・・つんく♂の周りに波が立つ。

攻撃?違う!!

舞波のココロは即時に現実に引き戻された。
携帯電話の着信音。

自分のものではない。

つんく♂が携帯電話を取り出し、応答する。

その瞬間、舞波の中に桃子のイメージが浮かんだ。桃子が何かに捉われているイメージ。
「桃子!」舞波が叫ぶ。

舞波を見るつんく♂

「そうや・・・嗣永が・・・」
つんく♂の口からこぼれ出るセリフが舞波のココロに突き刺さった。