Cafe Buono!


カラン!
春一番が吹いた日曜日、舞波は目黒にあるカフェの扉を開いた。
Cafe Buono!、表のいかにもな感じのウッドの看板にそう書いてあった。

舞波は店内を見回し、カウンターの空き席にすっと座る。

「いらっしゃい、何にいたしましょうか?可愛いお嬢さん」
カウンターの向かいにいる店のマスターが小さなメニューと水の入ったグラスを舞波の前にそっと置いた。

「ずいぶん落ち着いたお店なんですね?もっとおどろおどろしいのかと思ってました」
舞波はマスターの顔をじっと見つめながら言った。

「おどろおどろしい?」マスターが聞き返す。
「なんというか、ヘビメタ系ってゆーか」
舞波の答えにマスターはくくくと笑い始めた。
「だってあなたはそーいうイメージですもの?阿久津さん?」

「いやいや、驚きましたよ」カウンターの中で阿久津はにこやかに笑う。
「とりあえずエスプレッソと、アップルパイを頂こうかな」舞波はメニューを指差しながら阿久津の瞳を見つめた。
その瞳には悪意は感じられない。やはりこの人は…

「どうしてここがわかったんですか?」
阿久津は舞波のオーダーに応えるべく、エスプレッソメーカーの操作を始めながら静かな口調で尋ねた。

つんく♂さん」舞波はカウンターの中の阿久津を見つめながらこともなげに話す。
つんく♂さんのパソコンを覗いたの。そうしたらこの店の情報が」
「いつの話です?」阿久津が再度尋ねる。
横浜アリーナ、いえ日産スタジアムであなたの逢った日。あの後横浜アリーナに戻った時、こっそりと」
「なぜそんなことを?」
「たまたま、つんく♂さんが私達をクルマで横浜アリーナに連れ戻ったあと、少しだけクルマをひとりで離れたんです。その時車内にあったノートパソコンが目に入って」
「いけない人ですね?いつも他人のパソコンを覗き見したりするんですか?」阿久津はそう言いながら舞波の前にエスプレッソの入ったカップを置いた。
「まさか」舞波エスプレッソに少し口をつけてから、阿久津の言葉を否定する。
「もちろん、普段はそんなことしないですよ?でも、あの日、つんく♂さんの行動になんとなく不自然さを感じたんです。つんく♂さん、まるであなたに協力しているみたいで。そもそも」舞波はそこで言葉を切った。
阿久津が舞波の目の前にアップルパイを載せた皿を置いたのだ。
舞波はとりあえず一切れ、ナイフを入れてフォークで口に運ぶ。
「ん、これオイシイ」
阿久津は黙ってペコリと頭を下げた。
「そもそも」舞波は言葉を続けた。「いくらつんく♂さんがフツーじゃない発想の持ち主でも、私達のあんな現実離れした問題に付き合ってくれること自体が変なんです」

「なるほど」阿久津はうなづいた。
「つまり舞波さんは彼を疑っていたわけだ?」
「そうね。つんく♂さんのパソコンの中にあなたの関する情報を見つけて、あの時はとても同様したわ。ほら、このケータイにその情報を転送したの」
舞波は自分のケータイを開いて、とあるメールを阿久津に見せた。

「Cafe Bouno!、あなたがこんなカフェのマスターだったなんて…一体何故?」
「何故とは?」
「こんなステキなお店を持っているあなたが、あんなわけのわからないことをしている理由」
「なんだと思います?当たったら、何かデザートをもう一品サービスしますよ?」
「あなたは」
舞波は阿久津の目を見つめながら語り始めた。
「私達を覚醒させるためにわざと桃子を襲ったりしましたね?もともと私達に対して悪意は無かったのでしょう?」
「どうですかね?今すぐにでもあなたを襲うかもしれませんよ?」阿久津は悪役っぽい表情でニヤリと笑って見せた。

「あなたは私の家を知ってますね?事務所に所属していた頃から変わっていないし、当時マネージャーの一人だったあなたはメンバーの家を覚えてますよね?」
「それが何か?」
「あなたは私達がひとりきりのところを狙おうと思えばいつでも狙えるんです。何もコンサートの日の会場を狙わなくても。あなたが中野や横浜アリーナを狙ったのは、私達3人が揃うチャンスを待っていた。3人を覚醒させ何かを伝えるために」

「ふむ」
阿久津はカウンターにある食器棚から新しいお皿を取り出し、そこにシュークリームを一個載せて舞波の前に置いた。

「つまり」舞波はそのシュークリームに視線を落とし、それから阿久津の顔を見た。
「正解ですか?」

阿久津はコーヒーを一杯カップに注ぎ、自らの口に運ぶ。
「さて、どう言ったものでしょうかね」

「阿久津さん、桃子とゆりなが最近次元獣に襲われました」
阿久津の顔が一瞬ぎょっとした表情になるのを舞波は見た。

「私が直接見たわけではないので、それが次元獣というものなのかはっきりとはわからないけど、二人とも何か不思議な空間に引き込まれたと言ってました」
舞波さん」阿久津の額に汗がにじんでいた。
「二人は無事なんですか?」
舞波はその問いに答えず、阿久津の顔を見つめた。

「無事だよ」
舞波の背後から誰かが声を発した。
カフェの入り口にふたつの影。
逆光で見づらいが、背の高い細い影と少しぽっちゃりした低い影。

「ホント、いい感じの店だね」
ゆりなと桃子がゆっくりとカウンターに向かって歩いてくる。
「阿久津さん」
舞波のとなりに座った桃子が言う。
「このお店のお勧めのケーキをくださいな」
「アタシはクッキーがいいな」
ゆりなは舞波の前に置いてあったメニューを手にとって指差す。

「あなたたち」阿久津の顔に笑みがこぼれた。
「ゆっくりお話を聞かせて?阿久津さん」桃子がカウンターに頬杖をついて阿久津の顔を見上げた。