ISLAND TOUR 1

『おい起きろ!このボケナス!!おい起きろ!このボケナス!!』
俊弥は携帯電話のふざけたアラームにふと我に返った。目をつぶったまま音のするほうを探って、携帯電話を掴むとアラームを止める。ゆっくりと目を開けて携帯の画面を眺める。
12:30、携帯の時計表示が示す時間を確認する。3時間くらいは眠れたか?
経済産業省の高層ビルから古めかしい洋館の一室に連れてこられた俊弥は着替えもせずにベッドに転げ込み、すぐさま眠り始めた。キャメイが午後1時に向かえにくると言っていたので、とりあえず携帯の目覚ましを12:30にセットしておいたのだ。
その携帯電話の画面にはアンテナマークが表示されていなかった。海外でも使えるタイプの奴だったが、長期間この国に滞在するため、新しい電話を現地調達することにして、元々使っていたこの電話は解約してあった。
普段腕時計などを使わない生活をしていた俊弥は、とりあえずこの役に立たない携帯電話を時計代わりに持ってきたのである。

ベッドから体を起こした俊弥は初めて室内をじっくりの眺めた。
15畳くらいの大きさの部屋の真ん中に俊弥が居る大きめのベッドがひとつ。部屋の端の窓の外には木々が連なっているが見える。窓際にはこれまた少し大きめのデスクとチェアーが。テレビも置いてある。部屋の廊下側の壁際にはソファーと木製のアンティークな箪笥が。全体的にはアメリカのカントリー風のホテルの様な風情である。
キャメイはとりあえずここに滞在して、気に入ればそのまま住居にしてくれて構わないと言っていた。俊弥はベッドから下りると窓際まで歩いていった。ふとデスクの下を這っている何本かのケーブルに目が留まる。電源と電話線、それにLANケーブルらしきものが混ざっている。良く見ればデスクの上にLAN用とおぼしきモジュラー端子付のケーブルが出ていた。
へえ、建物や部屋はアンティークだがそれなりの設備はあるのかな?俊弥は寝る前にもう少しキャメイから説明を聞いておけば良かったと思った。

「どうですこのお部屋は?お気に召しまして?」
聞き覚えのある声に振り返ると、部屋の入り口にキャメイが立っていた。
俊弥はもう一度携帯の時計表示を確認する。12:33、迎えに来ると言っていた1時にはまだ早い。
「ずいぶん早く無い?」
「午前中のミーティングが思ったより早く終わったので。それに色々ご案内しようと思うと結構時間がかかりますから、少しでも早めに出発しようかと」
「ちょっと顔を洗って着替えるから待っててくれないかな?」
「部屋の外に居ますから、終わったら声かけて下さいな」そう言うとキャメイは素直に部屋の外で出て行った。
俊弥は持ってきたバッグの中をかき回して、髭剃りとシェイビングフォーム、それにタオルを1本取り出した。シャワーを浴びてすっきりしたいところだが、女の子を待たせるのもなんだし、とりあえず髭だけでも剃っておくことにした。

髭剃り、洗顔、それにトイレでの用足しを終えると、財布と通信には使えない携帯電話をポケットに突っ込んで、俊弥は部屋の外に出た。
キャメイが先導して、廊下を歩き、階段を降りて外に出る。俊弥が眠っていた部屋はこの館の2階にあった。
キャメイと共に1階から館の外に出ると、そこは広い草地になっていた。野球かサッカーが十分にできそうな広さの広場に、短く刈り込まれた草が植えられている。草地の端にはたくさんの木が立っている。先ほどの部屋の窓から見えていた木々である。どうやらここは館の裏庭になるらしい。ここに到着した時に通った表側にはもう少し狭い庭があり、その先には道路が走っていたが、この草地の先は小高い丘になっていて完全なプライベートスペースの趣である。
この洋館に着いてすぐに眠りこんでしまったため、こんなに広い裏庭があるとは俊弥は全く気づいていなかった。そして俊弥を驚かせるものがもうひとつ。
「あれに乗って国内をご案内しますね」キャメイが裏庭の真ん中を指差した。
その先にはヘリコプターが着陸していた。
「さあ、どうぞ乗ってください」キャメイは自分が先にヘリに乗り込むと、俊弥の様子にはお構いなしに俊弥をヘリの客室内にひっぱり込んだ。
ヘリの外にいたパイロットはドアを閉めると、自分も機内に乗り込みすぐさまエンジン始動の手順を開始した。

「一応シートベルトはしてくださいね?」キャメイが俊弥に声をかける。
言われる前に俊弥はベルトを締め終わっていた。キャメイの声に顔上げるとその奥にもうひとり乗り込んでいるのに気づいた。金髪の男だ。顔は...日本人?
「ああ、そうだ紹介しますね。ミムラさんと同じ先端開発センターで働くチーフエンジニアのテラダさんです。」
「寺田です、よろしゅうに」寺田と名乗る男はキャメイ越しに手を伸ばし、握手を求めた。
「三村です、よろしく」
「寺田さんは2年前からこの国に来て頂いていて、開発センターの主要メンバーのひとりなんですよ」キャメイが説明する。
「日本人の仲間が増えてうれしいで、ホンマに。ちょうど人手が足りようになってきたとこやさかいの」寺田はそういってガハハハといった感じで笑った。金髪で服装も若作りだから、肌の質感からすると30代、それも後半に入っていそうな感じである。
「テラダさんは...」キャメイはそう言いかけて口をつぐんだ。ヘリのエンジン音とローターの回転音が大きくなってきたのだ。キャメイは俊弥にヘッドセットを1つ渡し、自分もすぐさま装着した。
「結構うるさいので機内で話をするときはヘッドセットを使って下さい。ジャックはそこにあります」キャメイは出来る限りの声を張り上げて俊弥に説明した。寺田の方は既に装着を完了している。

「離陸しますよ」キャメイが注意を促した。
エンジンのかかったヘリはメインローターを豪快に回転させ、ふわりと浮かび上がった。俊弥が機外に視線を移すと、先ほどまで眠っていた洋館があっという間に眼下に移動していく。上からは洋館全体の様子を非常に良く見て取れた。洋館は大きく2つの建物に分かれており、その二つを屋根つきの渡り廊下らしくものが繋いでいた。館の前を走る道路と接している門のところには、衛兵らしき人間の姿が見て取れた。

「あの建物は」俊弥はキャメイに向かって尋ねた。「ずいぶん由緒ある建物に見えるけど、どういうものなんだい?」
「なんや知らんのかいな?」キャメイの代わりに寺田が応じた。
「あれは王宮!!つまりこの国の王様の家や」
「王宮?宿舎って聞いたけど?」
「正確には2つ繋がった建物の片側が王宮、もう片側は王宮関係者や衛兵の宿舎です。あとテラダさんやミムラさんの様な外国から当国の技術開発に参加されている技術者の方も一部滞在されています。」キャメイが説明した。
そんなやりとりをしている間にヘリは高く舞い上がり、水平飛行に移っていた。
「ずいぶんと待遇がいいんだな?」俊弥はいぶかる様に聞いた。
「どういうことです?」キャメイが応じる。
「ああ、そうか、お姫さんに会うたんやな?」寺田が訳知り顔に言う。
俊弥は無言でうなずいた。
「???」キャメイは良く理解できていないようだ。
「つまりやな。」寺田は俊弥の代わりに説明を始めた。「お姫様が迎えに来たり、王様の宮殿に部屋を用意したり、それにこのヘリや」
「こないなヘリコプターで国の中を案内したり、外国からの技術者を迎えるにしては待遇良すぎへんか?と三村さんは言うとるわけや」その言葉に俊弥は再びうなずく。
「レイナ姫にお迎えをお願いしたのはたまたま姫の時間があっただけで...」
「せやな、わいの時はお姫さんは来んかったけど、でっかいリムジンでお出迎えしてもろうたな。」
「ええ、最初はテラダさんも王宮の宿舎でお泊りになってらしたはずですよね?テラダさんやミムラさんにはこの国の未来を左右する重要なお仕事について頂くわけですから、それなりの待遇にはさせて頂いています。それにレイナ姫は外国からのお客様にお会いになるのがお好きですから。ミムラさんだけ特別ってわけでは無いですよ?ヘリコプターにしてもちょっと遠いところに行くのでこれじゃないと不便だってだけですし」
「はあ、でも....」
「なんでしょう?」
「危なく無いのかい?こんな今日この国に来たばかりの外国人を王宮になんか連れてきて。」
「一応、この国で働いて頂く技術者の方については、過去の犯罪歴や思想等についてそれなりに調査させて頂いていますから。それに王宮内には要所に衛兵もおりますし。」
それを聞いて俊弥は少しムッとした顔になった。
「あの何か?」キャメイは理由がわからないらしい。
「あはははは、気にせんとき、三村さん。今キャメイが言うたけど、わしらはこの国でそれなりに重要な仕事を任せられとるわけやから、多少の調査はするよ。あんたについては全く問題無しと判断されたからお姫様を向かえによこしたわけやし。この国の人間は日本人によう似とるけど、精神文化みたいなもんはちょっと違うからあまり細かいことは気にせんほうが得やで」寺田はなにやら楽しそうにまくしたてた。

「これからミムラさんにして頂くお仕事の事も、色々ご案内しながら少しお話させて頂きます。」キャメイは言った。
「でもその前に..、ミムラさんお昼ご飯まだですよね?寺田さんは?」
「わいもまだ食うて無いな、そういえば」
「じゃあ、これをどうぞ」キャメイはそういうと座席の足元に置いたあった2つの紙袋を寺田と俊弥に渡した。
二人が紙袋を開けると中にはハンバーガーとオレンジジュースが入っていた。
ハンバーガーの匂いに急に食欲を刺激された俊弥は無言でハンバーガーにパクつき始めた。