さゆみVS桃子


「れいな、下がってて」
明らかに不機嫌そうな声でさゆみがれいなの前に出る。
その声にびくりと反応したれいなは素直に後ろに下がった。

「桃子ちゃん、一対一で相手してあげるわ。けど」
さゆみが厳しい表情で桃子を睨む。
「手加減はしてあげられないわ」

「上等ですぅ!」
返事し終わるか終わらないかのうち、桃子がステップを変えさゆみに迫った。

近づく桃子にさゆみの腰のあたりから何かが飛び出す。
ゆりなとの闘いに使っていた重たいボール?
紐付きのそれが桃子に迫るが桃子はクルリと体を捻ってそれをかわし、さゆみに手刀を打ち込む。
さゆみはボールを操る右手ではなく、空いた左手で桃子の手刀を受け止める。
同時に右手を手首の先で小さく返した。
桃子の背後に先ほどかわしたボールが迫る。
さゆみの口元に思わず笑みがこぼれる。

「があ」
次の瞬間、苦痛に目を剥いたのはさゆみだった。
ボールが桃子の背中を直撃する直前、さゆみの目の前から桃子が消えたのだ。
重たいボールはそのままさゆみの腹部に命中した。

「そんな武器を持ってるとかえって不利ですよ?道重さん」
うずくまるさゆみを見下ろしながら、桃子はわざと勝ち誇った口調で語りかけた。
「そのボールの動き、もう見切りました。そんなもの単なる足手まといにしかなりませんよ。」
桃子は続ける。

さゆみはボールを操るための紐を右手から離し、苦痛とも憎しみともわからない歪んだ表情で桃子をにらみ付けた。



やはりそうだ。何かが道重さゆみの動きに影響を与えている。
今の桃子の動き、さっきまでの彼女なら追従できたはず。
阿久津は、グレイマスクを睨みつけながら二人の闘いを観察していた。

その理由はおそらく。

阿久津が考えている間にも、さゆみが攻撃に打って出た。

小刻みにステップを刻んで踊る様な動きを見せる桃子に、直線的に飛び込む。
まるでヘッドスライディングでもするかの様に、腕を前に伸ばして体ごと桃子に向かって跳ぶさゆみ。

かわす、桃子。さゆみは片手を地面につき、逆立ち状態で脚を桃子に向かって振り下ろす。
それもかわす桃子。

すっと体をかがめ、さゆみの手を足で払う。
体勢を崩し、屋上の床に転げるさゆみ。

即座に立ち上がり、飛び込んできた桃子をジャンプしてかわす。
高く跳んださゆみを追って桃子も跳ぶ。

「このお!」さゆみが桃子に向かって空中で拳を振り下ろす。
だが・・・

桃子の蹴りが先にさゆみを直撃していた。

屋上に堕ちるさゆみ。



「ぐ」
グレイマスクが声を上げた。
目の前には阿久津。
阿久津がグレイマスクの両肩を押さえ込み、さらに両足を踏みつけていた。

「一瞬二人の闘いに気がそれたな。ずっと待ってたよ」
阿久津がニヤリと笑う。

「何を勝ち誇っているのです?あなたは肩をおさえているだけで、私の腕は動きますよ、ほら」
ドシン。鈍い衝撃音が阿久津の腹のあたりで響く。
グレイマスクがその拳を阿久津に打ち込んだのだ。
阿久津は苦痛に顔をゆがめたが、それでも勝ち誇った表情を変えなかった。

「耐えるさ、マイハマンピーチが道重・田中の二人を倒すまでね」

マスクで顔は見えなかったが、その裏にある素顔が一瞬歪んだような気が阿久津にはした。
「き、貴様」

「足が自由に動かせなければ、二人をうまく操れないんだろう?」


桃子は倒れたさゆみのそばに立ち、首筋に軽く手刀を打ち込んだ。

さゆみは一瞬大きく目を見開いたが、すぐに気を失って倒れた。


桃子は阿久津とグレイマスクを振り返り口を開いた。
「阿久津さんありがとう。気づいてくれたんですね」

阿久津がうなづいて返す。
桃子は阿久津に軽くウインクしてみせると、もうひとりの敵、れいなの方をにらみ付けた。