疑念


田中れいな道重さゆみ、二人とも桃子、ゆりな、そしてかつては舞波も所属していた芸能事務所の所属タレントである。
年齢差から舞波達のほうが後輩だと思われている向きもあるが、実際には舞波達が半年ほど先輩にあたる。

ふだんは違うユニットに所属するゆえ、それほど煩雑に交流があるわけでは無いが、それでも同じ事務所の合同コンサートやイベント等で顔を会わせる機会も少なからずある。

その二人が敵として舞波達に対峙している。


れいなが動いた。
右手に剣を持っていたが、体の背後に隠す様に持ち舞波からは見えなかった。
れいなが舞波の目前に迫り、何をどうしたのか、急に目の前に剣先が飛び出してきた。
すんでのところかわし、後ろに跳ぶ舞波

舞波の視線はこのビルの屋上に転がるあるモノを捉え、それをすばやく拾い上げる。
ガキーン!金属同士がぶつかる鋭い衝突音。
舞波は振り回すのにちょうど良い長さの鉄パイプを構え、れいなの剣撃を受け止めた。

二人はこのビルの屋上をぐるぐると周回するように動きながら攻撃と防御を繰り返し始めた。
その内側で、黒髪を下ろしたさゆみがゆっくりとゆりなの前に歩み寄る。
持っていた剣は手放したまま、素手のままのでゆりなの前に立った。

熊井ちゃん、あたし、あなたのことが好きよ」
さゆみは焦点が定まっているのか、定まっていないのか、良くわからない不思議な目の動きをさせながら、ゆりなに語りかけた。
「道重さん?」
この戦いで最も興奮状態にあったゆりなだったが、さゆみの顔を見て熱が冷める様に冷静になっていた。自分の力を自覚して以来、時折訪れる戦闘衝動に抗えず苦しんでいたゆりな。
思い切り戦えばその苦しみから逃れられる。だが、目の前に良く見知った仲間の姿を見て、ゆりなの戦闘衝動は燃えきらずくすぶっていた。
マズイな、こんな状態じゃ敵の思うつぼだ。ゆりなは今の自分の戦闘能力が確実に落ちていることを自覚していた。でも、道重さんや田中さんを傷つけるなんて・・・

「どうしたの?黙りこんで?あたしと戦うの嫌?」
さゆみはまるでテレビのバラエティ番組でやるようなぶりっ子口調で尋ねた。

「なんで道重さんが・・・」
ゆりなはそう言った後の言葉が続かない。

「やらなきゃ、やられるだけよ」
さゆみが冷酷な口調でそう話した瞬間に、ゆりなの体は後方に吹き飛ばされた。
そこにはちょうどれいなと戦う舞波が居た。

「きゃ」
ゆりなと舞波は衝突し、もつれる様に屋上の床に倒れこんだ。

「あれは本当に田中さんと道重さんなの?」
阿久津の隣で桃子が問う。
顔中から汗を噴き出しながら阿久津はかぶりを振った。
否定の意味ではない、わからないのだ。

舞波達を迷わせ戦闘力を奪うための幻影なのか?それとも本物をなんらかの方法で操っているのか?そもそもなぜゲートが塞がり、現実世界に戻ったのにあのグレイマスクはこちら側に居られるのか?ゲートが破られたのなら、もっと大量の敵が眼前に現れて良いはずだ。
阿久津にも目の前で起こっていることが理解しかねていた。

舞波とゆりなは立ち上がり、背中合わせになって、それぞれの相手に対峙した。
舞波、もしもあの二人が本物だったら?」
ゆりなは不安そうな表情で目の前に居るさゆみを見ていた。

「でも、やるしか無いよ」
舞波は覚悟を決めた様に拳に力をこめる。

れいなとさゆみが二人を挟んで距離を詰めてくる。

さゆみは剣を拾っており、れいな、さゆみ二人とも剣を握って近づいてくる。


ゆりなが動いた。
得意のフリッカージャブでさゆみの顔面を捉えようとする。さゆみは信じられないスピードでその拳をかわしながら、ゆりなに向かって剣を振り下ろす。
ゆりなはその剣を刃先に触れぬ様に剣の横に高速の蹴りを繰り出した。
バシン!衝撃音とともに剣が折れ曲がる。

「痛てて」ゆりなは足に響く衝撃に顔しかめながら体勢を整えてさゆみに再度攻撃を仕掛ける。
左の高速フリッカー。剣を曲げられたものの、さゆみはさほど臆する様子も無く、ひょいひょいとゆりなの左拳を避けながら間合いをジリジリと詰める。

一瞬にして、顔を見合わせる距離に二人に間が詰まる。ゆりなは何かが下から飛び出す気配を感じて後ろに仰け反る。何?ボール?
紐につながれた球形の、ドッジボールの様なモノが反り返ったゆりなの顔面をかすめて飛ぶ。
さゆみがニヤリと笑い、くいっと右手を引くと高速でその玉が返って来た。

「くっ」ゆりなはまるでバネ人形のように反り返った姿勢から一瞬で起き上がり、空に逃げた。

「甘い」
さゆみの声とほぼ同時に玉が急上昇してゆりなを追う。

「はぁあああああああああ」ゆりなは気合とともに真下に両手をかざす。
その瞬間、高速で上昇する玉がゆりなの体に激突し、ゆりなもろとも屋上の床に堕ちた。

「ぐう」
ゆりなは唸りながら左手であばらのあたりをおさえて立ち上がる。

「ふーん」
さゆみは中腰で構えるゆりなを見下す様に笑った。
「今、ビームみたいなもの?出そうとした?無理だよ。ここは限りなく現実に近いルールで回っているんだから。あたしたちの運動能力以外はね?」



「くまいちょ、手加減してる」桃子がぼそりと呟いた。
「手加減?」じっと動かないグレイマスクを睨み付けたまま阿久津が聞く。
阿久津はけして舞波たちに戦いを任せているわけではなかった。
この中で一番危険なのはグレイマスク。そう考えて、グレイマスクにプレッシャーをかけているつもりだった。当の相手はマスクの下の表情すら読ませないでじっと立ったままで居る。

「くまいちょ、もっと速いよ。相手が道重さんだから本気出せて無い」
確かにそうかもしれない。二人の女が舞波達のよく知る二人なのか?阿久津にも確かめるすべは無かった。この疑念を解かない限り、舞波達には本気で戦うことができない。

そんなことを考えた瞬間、空中からどさりと何かが落ちてきた。
阿久津の目の前。
舞波さん!」
目の前にどさりと倒れる舞波
そして少し離れた位置にすたんと軽快に着地するれいな。
「れいなと空中戦とか、100年早いけん。それに・・・・ネズミはネコに喰われるものっちゃよ」


かちゃ。桃子の方から音がした。
桃子を横目で確認する阿久津。

「桃子さん?」
桃子はヘルメットを外していた。そして桃子に特殊なプロテクション能力を与えるスーツの上着も脱いで、Tシャツ姿になっていた。
「そのスーツはあなたたちの体を守る大事な装備です。装着して下さい」
阿久津がグレイマスクを見つめたまま叫ぶ。

「これ、重いんだもの」
桃子は静かにそう答えた。
「大丈夫。ちゃんとやってみせる」

桃子は決意を漲らせた表情で、さゆみとれいなの方に静かに踏み出した。