二人の刺客


「阿久津さん」
舞波が阿久津のそばに駆け寄る。
桃子、ゆりなも後に続く。

周りを見る限り、リーダー格を除き、グレイマスク達はどこかに消え去っている。

阿久津を中心に舞波達3人。そして10mほど離れた位置にグレイマスク。

好奇心から集まり始めた通行人達が周りを囲む。
人が車道にはみ出し、車の流れが止まる。
短期なドライバーが鳴らし、響き渡るクラクションの音。

「私達が勝ったってこと?」ゆりながおそるおそる阿久津に尋ねる。
「いや」
阿久津はただ一言返し、グレイマスクを睨みつけていた。

「なぜ私がここに残っているのか不思議ですか?」
グレイマスクがクククと笑いをもらす。

「そうだよ、なんでアイツ。私達が勝ったんならアイツも消えるはず」
桃子はなぜかゆりなの腕を両手でぐっと掴んで体を寄せていた。

「確かに・・・」
阿久津が口を開いた。
「少々戸惑ってはいますが、これで4対1ですよ?あなたこそ不利なのでは?」

「そうだねえ」
グレイマスクはそう答えたが、その口調には自信すらうかがえた。

「このお」
舞波ダッシュし、グレイマスクに向かって正拳を打ち込む。
グレイマスクはひょいっとジャンプし、突っ込んでくる舞波を飛び越えた。

舞波は瞬時に反転し、蹴りを繰り出すがグレイマスクはそれを片手で受け止めた。
グレイマスクが何もせずに舞波の足を離すと、舞波は阿久津達のそばに一瞬で戻った。

グレイマスクは無言のまま右腕をすっと真上に上げた。
何かの技?

舞波達は身構える。

「キャッ」「何だよ?」
舞波達を取り囲む群集から声が上がる。
人垣を強引に掻き分けて、二人の人間が前に出てきた。

まるで何かの衣装の様な黒基調の服に白いシャツ。一人は身長150cmくらい?明るめの茶髪を大きなふわふわの二つ縛りにしている。もう一人は身長160cm台。黒い髪を肩よりも下まで伸ばしている。二人ともサングラスをかけていて顔ははっきりとはわからない。

ただ、どう見ても女性。

「彼女達がお相手しますよ」
グレイマスクがそう言うと二人は舞波達に向かってダッシュした。

黒髪の方に向かってゆりなが動く。
舞波は茶髪の方へ。

ひゅ!ゆりなの左腕がしなり、唸りを上げて黒髪の女の顔面に飛ぶ。その左腕をなにげなくスッとかわした女は、そのまま右拳をアッパー気味にゆりなに喰らわせた。
ゆりなの体が後方に仰け反る。

舞波は先手を取った。ダッシュすると同時に低い姿勢で相手の足を狙う。
スライディングする様にして相手の足をなぎ払い、バランスを崩す。
バランスを崩した茶髪の女の顔面を狙って拳を繰り出すが、同時に相手も肘を舞波の顔面に落とそうとしていた。舞波はすんでのところでそれを交わし、後方に跳ね飛ぶ。

茶髪の女はすぐに立ち上がり舞波に向かって踏み込もうとした。
ドンという衝撃音とともに茶髪の女が倒れる。
桃子が頭上高くから自分の体重を乗せて拳を放ったのだ。

茶髪の女は顔面に直撃を受け、そのまま地面に倒れるかに見えたが、地面にすばやく片手をつくと、その腕を軸に両脚で桃子に蹴りを繰り出した。
その蹴りが着地したばかりの桃子を捉える。両腕で辛うじてカードした桃子の体が後方に数メートル飛ばされる。

二人の女は立ち上がり、舞波達と対峙する。

「ちくしょお」自分の攻撃をかわされ、反撃を受けた悔しさをゆりなはそのまま口にした。しか心の中では別の疑念が湧いていた。その疑念がゆりなの動きを鈍らせていた。
舞波達は阿久津の周りに再び集まる。

「あの二人ってもしかして」
ゆりなが疑念を口にする。
その言葉に桃子がこくりとうなづいた。

「私は事務所離れたからあまり自信無いけど、やっぱり」
舞波がぼそりと呟く。

グレイマスクが再びスッと右腕を上げた。

その瞬間に、二人の女とグレイマスクの姿がその場に居た全員の視界から消えた。

ゆりなは反射的に上空を見上げた。
と、同時に跳ぶ。

「ゆりなさん!」阿久津が叫ぶ。
「もう」舞波が後を追う。
「あたしも」桃子も。

阿久津は仕方なく、3人を追って跳んだ。


ゆりなはほんの数秒で、さきほどの現場から100メートルほど離れたビルの屋上に着地した。
舞波、桃子、そして阿久津が後に続く。

そこにはグレイマスクと二人の女が待ち構えていた。

「どういうつもりだ」阿久津が叫ぶ。
「あそこは一般人が多すぎて戦いにくいでしょう?だからしばらくは人が来ない場所に移動したんですよ?あなたたちのためにね?」

私達のため?舞波はグレイマスクの言葉の意味を理解しようとした。こいつは私達のこの世界での立場を知っている。自分は引退したが、桃子とゆりなはまがりなりにも現役の芸能人。街中であんな騒動を起こしたと知れれば、ただでは済まない。

それにしてもあの二人。舞波はサングラスをかけた二人の女に意識を集中した。
間違っていると思いたいが・・・桃子とゆりなも同じことを考えているだろう。あの二人とは戦いたくない。

まずいな。阿久津はかなり焦っていた。
ゲートがふさがって現実に戻った?となると、彼らの能力は限定されてくる。ゲートの中では精神力次第でどんな奇跡でも起こせる。しかし彼らの通常世界においては、ゲートの力を持つ者の能力も制限される。力やスピードは通常の人間の数倍ある。
しかし、刺されたり、炎で焼かれたり。そんなことに対する耐性が無限にあるわけではない。ナイフで胸を刺されれば、この世界では死ぬしか無いのだ。

しかし、それならなぜあのグレイマスクはこの世界に存在できる?
ゲートを破られてしまったのか?何かがおかしい。それにあの二人は・・・

前触れもなく、二人の女が動いた。二人ともいつの間にか右手に剣の様なものを持っている。
「黒髪は私がやる」
ゆりながそう言って飛び出す。
舞波は無言で茶髪の女に向かって跳ぶ。

桃子は敢えて動かず、阿久津と同じ位置に留まった。
グレイマスクの挙動と周りの様子に神経をとがらせて集中する。


茶髪の女が振り下ろす剣を舞波はクロスアームブロックで受け止めた。
リアルに固い物体同士が激しく衝突する音。剣を受け止めた両腕の骨が軋むのがわかる。
特殊なプロテクションスーツのおかげで、腕が斬られることは無かった。しかし茶髪の女の力は予想以上で、斬られなくても骨が折れかねない衝撃があった。
舞波の右足が地面を蹴り、体ごと後方に回転しながら相手のアゴを狙って蹴りを放つ。
茶髪の女はすっと体を引く。右足は外れ、でももう一本。舞波はそのまま後方に回転しつつ遅れて左足をカラダを捻りながら繰り出す。攻撃軸が縦から横に変化する。
茶髪の女はその変化を察知し、右腕でブロックしようとするが、今度は舞波の蹴りが相手の体をそのまま逆方向に叩き飛ばした。

がしゃん!茶髪の女が屋上のフェンスに激突し倒れる。

一方、ゆりなは黒髪の女の一撃をかわし、さきほどかわされた左腕でのフリッカージャブを繰り出す。
フリッカー紙一重でかわす相手に瞬時に体勢を入れ替えて右拳を放った。
黒髪の女は剣の柄でその拳を受け止める。そのままゆりなに斬りかかる。
黒髪の女の視界からゆりなが消えた。
黒髪の女は上を向く。そこにゆりなの長い右脚が振り下ろされる。
ゆりなの脚が剣を持つ手を捉え、黒髪の女は衝撃で剣を手放した。

そのまま黒髪の女は3歩ほど後ろに下がる。

舞波とゆりなはそれぞれの相手に向かって、まるでボクシングのように構えて見せた。


パキリ。なにかが割れる音が聞こえた。
黒髪の女のサングラスのフレームが折れ、屋上の床に落ちる。

そして茶髪の女。そちらのサングラスは舞波の蹴りの衝撃で吹き飛ばされていた。

「そんな」
桃子がふらりと力なく阿久津にもたれかかった。
「桃子さん?」
阿久津が両腕で桃子の肩を抱きとめる。

「田中さん?道重さん?」
ゆりなは愕然とした表情で二人の女の名前を口にした。