混戦・混乱


刻の止まった街、目黒の街中を無数の光線が錯綜する。
舞波たちは店の外に出てグレイマスク達との戦いを繰り広げていた。

ビルの壁を蹴り宙に舞い、気合一閃、指先からエネルギー波の様なものを撃ち出すメンバー達。SFやアニメで見た様な特殊能力合戦。

舞波達は思いつく限りのあり得ない攻撃能力でグレイマスク達と戦っていた。

「ふへへへへ」ゆりなが不思議な笑い声をもらしながら長い腕でグレイマスクをなぎ払った。
ゆりなだけはその肉弾戦であり得ない様な力で敵をなぎ倒す。

「弱いよ、あんた達」ゆりなが叫ぶ。

その叫びは阿久津にはとても虚しく響いていた。
たしかにグレイマスク達は弱い。舞波たちの攻撃を受けるとほとんど一撃で倒れる。

彼らの攻撃自体も舞波たちは容易に防いでいた。

しかし倒れたはずのグレイマスク達は、気が付くと再び立ち上がってきていた。まるでゾンビの様に。

まずいな。阿久津はこの戦況に不吉なものを感じていた。舞波、桃子、ゆりな、3人ともこの特殊な空間での戦い方を驚くほど良く理解しているように見えた。
精神力、自分が願うことが現実になると信じること。これまで生きてきて身に付けた常識を覆す現象を受け入れること。
ここは単なるバーチャル空間では無い。心が疑念を抱いた瞬間、敵の攻撃は彼女達の生身の体に影響を与えるだろう。

長すぎる。阿久津は直感的にそう感じていた。日産スタジアムで次元獣の相手をしていたのは実質的には5分かそこらだった。しかし、今この戦いはすでに10分くらいは経過している感覚だ。今は耐えている彼女達の心が現実に引き戻されたら?

舞波がリーダー格のグレイマスクに攻撃を仕掛ける。腕に炎の塊の様なものを巻きつけ、それをグレイマスクにぶつけようとする。

リーダー格のグレイマスクだけは動きが速く、舞波の攻撃をひょいっとかわして逆に舞波の背後に回る。
グレイマスクは剣の様なものを抜き、舞波に斬りかかろうとした。
「待ちなさい」桃子がグレイマスクの眼前に出現し、ピンク色のビームサーベルを振り下ろす。
しかし桃子のサーベルは何も無い空間を切り裂いただけだった。

「良い動きですがまだ甘いですね」
桃子がはっと顔を上げると、桃子よりも少し上の空間にグレイマスクが居た。
「さよなら」グレイマスクがそう言うと突然その手に巨大な斧が現れ、桃子に振り下ろされた。

いかん!阿久津がその動きに気づき、桃子の方へ跳ぼうとした。

突然現れた巨大な武器に桃子は立ちすくむ。

ガシーン。大きな衝突音。
阿久津が桃子の元に跳ぶよりも早く、大きな音があたりにこだまする。

「ふへへへ、やらせないよ」
ゆりなだ!ゆりながどこから持ってきたか、巨大な看板を盾の様にして、桃子をガードしグレイマスクが振り下ろした斧を防いでいた。
ゆりなは桃子の体を右腕一本で抱え、一旦後方に跳んだ。

グレイマスクの斧を受けた看板は、ゆりなと桃子が後ろに跳んだ直後にまっぷたつに割れた。

助かった。阿久津は胸をなでおろす。今のは危なかった。ここまでこちらも相手もSF映画に出る様なビームだの気功波だのといったぼんやりしたイメージのもので攻撃しあっていた。突然実体のある斧を振り下ろされ、果たして桃子の精神がそれに対応できたか?
桃子の脳裏には一瞬、まっぷつたつに斬られる自分の姿が映っていたかもしれない。
そうなればアウトだ。

敵はこの世界の戦いを良く知っている。瞬時にして戦いのイメージを変化させることで、相手の精神の隙をつこうとした。

桃子とゆりなを追おうとするグレイマスクの目の前に阿久津は立ちはだかった。
「あんた何者だ?どこから来た?」阿久津が問う。
グレイマスクはニヤリと笑う。いや、マスクの下の顔はわからなかったが、そんな風に感じた。


「きゃあ」
近くで悲鳴が上がる。誰の声?舞波?桃子?ゆりな?
違う。

「うわ、なんだこれ」「おい、ケーサツ呼べ」
周りで一斉にざわめきが起こる。

「う、嘘」桃子とゆりなに合流した舞波が呆然と声を発する。
「やだ、みんな動き始めたよ?どうなってるの?」不安そうなゆりな。

刻が止まっているはずの世界が、動きだした。
街中にいる通行人たちが、舞波たちの戦いの痕を見つけ大混乱し始めていた。

「ちょっと、何?あの人たち。変な服着て」
「なんかの撮影?でもあちこちガラス割れまくってるし」

戦いの最中に現実世界に戻った?阿久津もまた混乱していた。