小さき獣


何?
こいつらが何か?
桃子は自分が縛り上げた少年達を見る。
しかし彼らに何かができる様には見えなかった。

桃子の周りが金色の光に包まれる。
少年達は呻き声を漏らしながら意識の合ったものまで、がくりとうなだれ眠りにおちた様に動かなくなった。

この感じ?あの時の。
桃子の体内にアドレナリンが噴出する。

日産スタジアムでの次元獣の出現。あの時と同じ感じ。

なんだろう?世界が歪んでいる。この工事現場だけが周りの世界から切り離された様な間隔。
ゴルゥウウウウウ。
低い呻き声。明らかに人間のものではない。
いつの間にか桃子の目の前に複数の獣が現われていた。

前回現われた豹の様な生き物ほどは大きく無いが、それでも大型犬くらいのサイズはある。
あれは?次元獣?いや、普通の犬?犬にしては・・・
4本足で立つその姿は犬に非常に似ている。ただ全身真っ白で、シーズーを大型にした様な毛むくじゃらな姿。尻尾が犬というよりもライオンに近い。かなり長い尻尾の先に玉の様に開いた毛がついている。

1,2,3,・・6匹?いや6頭?

数え方などどうでもいい。
6頭の獣から不思議な力を感じる。やっぱり普通の犬なんかじゃない。

今日はあの時のマイクは無い。
マイク以外でも同じことができるだろうか?桃子は自分でもどうすればあの時のピンク色の光の剣が出せるのか良くわかっていなかった。

ガウ!先頭の1頭が桃子めがけて飛び掛ってきた。

桃子は身を沈めタイミングを計って飛び掛ってきた白い獣に肩で当て身を喰らわせる。
獣は跳ね飛ばされ、工事現場に立っている鉄骨の一本に激突した。

白い獣はそのまま地面に落ち、地面に転がったままでじたばたと前脚、後脚を動かした。
背中から血のような液体が出ている。

他の獣達が倒れた獣のまわりに集まってきた。よく見ると桃子に跳びかかって来た1頭よりもみな少しばかり小ぶりだった。

その中の1頭が心配そうに倒れた仲間にすりより、怪我をしているらしき背中を舐める。
他の獣達も倒れた1頭を守る様にして、前に並び桃子の方を見ていた。

桃子は獣達に向かって身構えた。
見た目は少し違うけど、きっとこいつらはこないだの金色の獣と同じだ。
なんとかして倒さないと。

桃子はじりじりと獣達に近づく。

獣達は低い声で唸りながら桃子を睨みつける様に見ていたが、1頭たりとも飛び出そうとはしない。

桃子はバイザー越しに獣達の視線を感じていた。
この子達・・・
桃子の気持ちが少し変化する。桃子は獣達の瞳に恐怖の色を感じ取った。
桃子はすっと腕をおろし全身の力を抜いた。
この白い獣達からは敵意は感じられない。ただ単に見知らぬところに紛れ込んで怯えているだけ。

桃子はゆっくりと前に歩み始めた。
両手はぶらりと下げたままゆっくりと。
獣達は威嚇するように桃子を睨みつけたが、桃子はかまわず獣達に近づいた。

倒れているのとは別の1頭が我慢しきれずに桃子に飛びついた。
そのまま桃子の左肩に噛み付く。

桃子はその獣を首を掴んで押さえたまま、獣達の直前まで行きしゃがみこんだ。
噛み付いた獣の牙は桃子のバトルスーツを食い破ることはできていなかったが、それでもスーツごしに牙が肩の皮膚に食い込んでいた。
桃子は痛みに耐えながら噛み付いている獣の背中をそっとなでた。

「大丈夫、大丈夫だから」桃子は白い獣達に言い聞かせる様に呟きながら、倒れている獣に手を伸ばした。
「ね、君、やめなさい?」桃子は左肩に噛み付いている白い獣をそう声をかけた。
桃子の言葉を理解できたのかどうかはわからなかったが、その獣は噛み付くのをやめ、しゃがみこんでいる桃子の脇に座り込んでまるで犬が甘える様に体をすりつけてきた。

他の獣達の瞳からも恐怖の色が急速に消えていく様に見えた。
「ね、君達、ここは君達の住むところじゃないんでしょ?」
桃子は優しい声で話しかける。いつの間にかボイスチェンジャーも止めていた。

「怯えているのね?もう大丈夫だから」
桃子は背中に傷を負い倒れている獣にそっと触れた。
桃子の手がほんのりとピンク色に光る。
白い獣の背中の傷に直接は触れない様に光っている手をかざした。

背中の傷が完全では無いが少しふさがったように見えた。血液らしきものも流れが止まる。

それを見た獣達が一斉に桃子にすりよった。
まるで飼い主にじゃれつく犬の様に。

桃子は1頭1頭の頭をやさしくなでてやる。
獣達からは完全に敵意は消え、桃子に体を預けていた。

「みんな良い子だね。もう大丈夫だよ」
桃子がそう言った瞬間、桃子達の周りをおおっていた金色の光が消えた。

あたりにはどこにでもある夜の工事現場。
窃盗団の少年達は元の場所でロープに縛られたまま。

そして・・・

「居ない」
桃子は白い獣達を探した。
6頭の獣達の姿はどこにも見当たらなかった。

肩の痛みも消えていた。まるで何事も無かったかのように。