ピンクの自警活動


さっむいなあ。
桃子は両腕で自分の体を抱えながら夜の道を足早に歩いていた。
一昨日雪が降ったばかりだし、最近なんだが寒い日が多い。

地球温暖化とか言ってるけどホントだろうか?

時間は既に夜中の1時を回っている。
ホントならこんな時間に外には出歩かないのだが、家のシャンプーが切れていて我慢できずに近所のコンビニへと出かけたのだ。


こんな夜中に女の子一人、あまり褒められたものでは無いが、今の桃子にとっては特に気にするほどのことも無かった。
さすがにこの時間ではいつも自分を追いかけている人たちも帰宅しただろうし。
別に何かあっても切り抜けられる自信もある。


あれ?今何か?
桃子は何か人が会話する声を聞いた。

横浜での出来事以来、桃子の感覚は異常なまでに敏感になっていた。
聞こうと思えば、近くの家の中に居る人たちの会話を全て聞けるくらいに。

だから今この場で何を感じても全く不思議は無いのだが、桃子は会話の中に潜む悪意のニュアンスを嗅ぎ取っていた。

しょうがないな。桃子は自分の家に向かって瞬時に加速した。




「おい、早くしろよ」
「んなことゆっても、結構これ重いべ」
深夜の工事現場、ひそひそ声が響く。
今風の、ギャングとでも呼ぶのだろうか?少年らしき人影が何かをかつぎ出そうとしている。

現場の外にはさほど大きく無いトラック。
エンジンはかかっていたが、人目をはばかる様に灯火類は消している。
「あと何束?」
トラックの荷台に居る少年が、何かの丸い束を抱えてきた少年に聞く。
「あと5,6で終わり」
「よし、急げよ」
「でも、いいんすかね?これじゃあどう見ても」
「あん?なんか文句あんのか?」
ひとりの少年がリーダー格とおぼしき少年にふと尋ねたが、リーダー格の少年は有無を言わさぬ様、すごんで見せた。
「いいから、とっとと運べ。あとで分け前やっからよ」


「ふーん、あんた達が最近この辺を騒がせてる電線ドロボーなんだ?」
不意に少年達の仲間では無い何者かの声が響いた。

少年達は慌てて声の主を探す。

声の主は工事現場の中、くみ上げられた鉄骨の上に立っていた。
全身ピンクの衣装を身にまとい、バイザー付きのヘルメット。
背はそれほど、高くは、いや、低い。

性別不明、いや、ピンクのスーツに包まれた体型は明らかに女のもの。
どちらかといえば子供っぽい体型。

マイハマンピンク=桃子は驚いて見上げる少年達を真っ直ぐに指さした。

「なんだこいつ?」
「頭いかれてるんじゃね?」
少年達がざわつき始める。

桃子はすっと鉄骨から飛び降り、少年達の前に立った。
「あんた達、この場でおとなしく自主しなさい。ケーサツ呼んであげるから?」
桃子はできる限り居丈高な口調で言う。

「うるせぇ」
ひとりの少年がいきなりナイフを持って突っかかってきた。
だが、桃子は瞬時に横に移動し、少年の足を引っ掛ける。

「うわ」少年は勢い良くつんのめり、現場内に積んであったセメント袋の山に激突した。「ぐお」激突した拍子に肩をしたたかに打ちつけたらしく、倒れたままのたうっている。
「そんなもの振り回すからよ」
桃子はそう言うと残りの少年達の背後にジャンプした。
少年達が桃子の動きに気づき、振り返った時には全員みぞおちに一発づつ拳を見舞われ、気を失うか、激痛に呻くことになった。

「ちくしょう、なんだよ、お前」
リーダー格の少年が倒れたままで呻く。
「正義の味方」
桃子は軽い口調で返した。
やれやれ、このカッコに着替えてくるためにダッシュで家に戻って、それからまたここまで近所の屋根づたいに跳んで来たんだから。正義の味方も楽じゃないわ。

桃子は頭の中でそんなことを考えながら、建設現場の資材置き場からロープを探し出した。
倒れた少年達を一箇所に集めてロープで後手を縛って行く。縛ったロープの端を工事現場の鉄骨にがっちりと結びつける。
阿久津がこの間やってみせたみたいな変身ができると楽なんだけど。あれってどうすれば。
「えーっとそれから」桃子は少年達を縛り上げると工事現場無いで何かを探し始めた。
「あ、あれがいいわ」
桃子は工事の作業予定を記録するためのホワイトボードを見つけ、それにこう書き込んだ。
『僕たちは電線ドロボーです』
そしてそのホワイトボードをリーダー格の少年の前に置いた。
さて、一件落着、帰ろうかしら。

そう思った瞬間、桃子は激しい眩暈の様なモノに襲われた。