変身


「なかなかステキな衣装ですね?嗣永桃子さん?」
阿久津は3人目のマイハマン登場に全く動じず、桃子を見つめた。

「私はマイハマンピーチ、嗣永桃子とかいう人はカンケーありません!」
桃子はヘルメットに仕込まれたボイスチェンジャーがオフのままであることに気づかずに自信満々に答える。

「桃子」
まだ倒れたままの舞波が消え入りそうな声で桃子を呼ぶ?

「え?何?」桃子はまだ気づかない。
「声、そのまんま、ボイスチェンジャースイッチ入ってない」
舞波は喉の奥から声を絞り出す様に言った。

「えー?うそぉ?」

「ずいぶんと慌て者の正義の味方ですねえ?そんなにすぐに正体がバレてはマズイでしょう?」阿久津はからかう様な口調になっていた。

「うるさいわね。要はあなたを倒せばいいんでしょ?それにこれは衣装じゃありません。悪と戦うための特製バトルスーツです。
「なかなかステキな装備品ですが、結構着替えるの大変じゃないですか?それ?」

何を言っているのこの男は?舞波は阿久津の真意を計りかねていた。
でも、今のうちになんとか体を回復させないと。あいつは気合次第ですぐに回復するはずだなんて言ってたけど。そもそもなんでそんなことを?
まだ舞波の体は全身がズキズキと痛んでいた。
ゆりなも倒れたままだ。

「べ、別にたいしたことないよ。ちょっと時間かかるけど」桃子は阿久津に言い返す。
「でも、それじゃ困るでしょう?正義の味方なら悪の現場に出くわしたら、即戦闘態勢になれないと。いちいち着替えている様ではね?」

「そんなこと言ったって着替えなきゃしょーがないじゃない!」桃子は更に反論する。
阿久津は桃子をそして倒れている舞波とゆりなへと順番に視線を移していった。
「そうでも無いですよ?例えばね」阿久津はそう言うと両の拳を腰にあて、そして
「はああああああああああああああああああああああああああああああ」気合の入った大きな声、同時に阿久津の体が青白い光で包まれる。
それは1秒か2秒か、ほんの短時間の出来事だった。

「あ!」光が消え、桃子が驚嘆の声を上げた。
緑系の迷彩色の戦闘服を着ていた阿久津が、黒い革のジャンパーに革パンツといういでたちに変わっていた。

「ほらね?変身だってできるんですよ?」
阿久津は桃子に向かってちょこんと首を傾げて見せた。

「うるさい。あんたの言う事なんか聞かないよ」
桃子はスタンドの上から跳んだ。一瞬で阿久津の正面に移動し、すばやい突きを繰り出す。阿久津はそれをことごとく受け止めていた。
「このお」桃子は突きの中にローキックを混ぜて打ち込んだ。
「くっ」阿久津が桃子の蹴りを避けて後退する。

「あたしも行く!」
倒れていたゆりなが起き上がった。
ゆりなは阿久津をはさんで桃子の反対側へ。
再度超高速フリッカージャブの弾丸を阿久津に浴びせかける。

「なかなかの攻撃力だ?だが、二人で私を倒せますかね?」
阿久津は二人の攻撃を受け流しながら、舞波の方を見た。
行かなきゃ。舞波はそう思ったがまだ、体が動かなかった。
気合、気合を。本当に気合なんかで?
とにかく行かなきゃ。
「うあぁああああああああああああああああああああああああ」
舞波は出来る限りの大声を張り上げ、気持ちを昂ぶらせた。
痛みが消える。不思議なくらいすーっと痛みが消える。

舞波ゆらりと立ち上がった。

そして、阿久津、ゆりな、桃子の超スピードの戦いの場所にゆっくりと近づいて行く。

「ゆりな、桃子、離れて」
そう言った直後、舞波は跳んだ。
右の拳を突き出し、気合もろとも阿久津の腹部に向かって打ち込む。
気づいた阿久津が両腕でブロックする。
ドン!
阿久津の体が後方に弾けとんだ。

そのままスタジアムのフェンスに激突する。
「ぐあ」阿久津が思わず声をあげた。

阿久津はそのままグランドに倒れた。

3人のマイハマンは阿久津から10メートルほど離れたところに並んで立っていた。
グランドに倒れた阿久津の様子を伺う様に少しづつ近づいていく。

「いやー、驚きました。結構強いじゃないですか。今のは中国拳法の発勁に似てますねえ」
阿久津の発した言葉に3人は立ち止まった。まだ阿久津は倒れたままだ。

阿久津はゆっくりと立ち上がる。
「でも、まだまだですねえ?残念ながらこの程度のパワーではとても覚醒したとは言えない」

「負け惜しみ言わないで」桃子は両の拳を握り、ボクシングのファイティングポーズに似た姿勢を取った。
「そうだよ。あたしら3人集まればあんたくらい」ゆりなも阿久津に対して半身に構える。
阿久津は、この人は何を言っているの?舞波には迷いがあった。

不意に、本当に不意にスタジアム内が暗くなった。
驚いて空を見上げると、見たことも無い様などす黒い雲が空を覆っている。

「何これ?」
興奮気味だったゆりなが不安げな声を出す。

ピシャリ!!
鋭い光が天空からスタジアムのど真ん中に落ちた。

雷?
今朝出てくる時の天気予報では横浜は晴れだったのに。
舞波は何かいいしれない不安に襲われていた。

「困りましたね」
阿久津がぼそりと言葉を発した。
3人が阿久津を見る。

「まさかこれほど早いとは。あなた達と遊んでいる場合ではなさそうです」
阿久津はそう言って広いサッカーグランドの真ん中を指差した。

「何なのあれ?」
桃子の声のトーンが心なしか低い。

そこには1頭の獣が立っていた。
「あれって豹?」
ゆりなが呟く。
見た目は動物園で見かける猫科の猛獣。しかし・・・
「おっきいよ、あれ」
再び桃子の声。

舞波は無言でその猛獣を見た。まるで象の様な大きさの獣を。