3号

「どこに行ったんだろう?」
「見失ったね」
舞波とゆりなはスタジアムの広い客席を見渡したが、仮面の男たちは見当たらなかった。
「どこを見てるんですか?」
聞き覚えのある声が響いた。

「阿久津?」舞波は声の主を探す。

「ここですよ、ここ。フィールドのど真ん中」
男の声が自分の居場所を告げる。
真ん中って…

スタジアムのまさにど真ん中、サッカーグランドの中央にその男は居た。
こんな分かりやすい場所に居たなんて。

舞波とゆりなはスタジアムの真ん中に向かってまっすぐに立った。

中野で桃子を連れ去った男たちの親玉。その男はダークグリーンの迷彩色の戦闘服を着込み、サングラスをかけて立っていた。
そしてその周りに1,2,3…8人!
白い仮面の男たちが8人に増えている。

「阿久津、やっぱりあなた阿久津ね?」舞波は戦闘服の男を指差す。
「覚えていてくれて光栄ですね」阿久津と呼ばれたその男はサングラスを外した。

「あなたの目的は一体何?それに私の体は?」
「答えはご自分で見つける事ですね。私を倒して」
「ふざけないで!」舞波は興奮して叫ぶ。
ひゅん!無言のまま、ゆりながスタンドからグランドに飛び降りた。
そのままつかつかと阿久津と8人の仮面の男たちに向かって歩いて行く。

「ゆりな!」
「もういいよ、舞波。こいつらやっつけちゃおう」
「ゆりな、一人じゃダメ!」
舞波がそう言うか言わないかのうちにゆりなは低い姿勢でダッシュした。
長身のゆりなの頭がまるで地面スレスレを飛ぶ様にグランド中央の阿久津に向かって一直線に突き進む。
仮面の男たちが一斉にゆりなに向かって動く。

「ぎぃ」
不思議な叫び声を発して。仮面の男のひとりが倒れる。
低い姿勢で走るゆりなの腕に足をすくわれたのだ。
ゆりなの前に3人が立ちはだかる。
ゆりなは体を起こし、ダッシュしてきた勢いのまま回し蹴りで一気に3人をなぎ払う。
「阿久津ぅうううううううううううううううううううううううううううううううう」
阿久津に向かってゆりなの長い腕が鞭の様にしなりながら放たれた。
超高速で無数に放たれる拳。阿久津をそれを紙一重で見切りかわしていた。
ゆりなに苛立ちがつのる。

4人の仮面の男がゆりなの背後に迫った。
「いけない」
ゆりなに遅れてグランドに飛び込んだ舞波がそのうち3人を蹴り技で吹き飛ばした。
あと一人。
最後の仮面の男がゆりなに手をかけようと迫った。
「くそ!」
ゆりなは空に跳び、仮面の男の後ろにクルリと一回転して着地、後頭部に軽く手刀を打ち込む。
仮面の男は地面に倒れ、その一発で苦しそうにのた打ち回った。
「お前邪魔なんだよ!」
興奮した口調のゆりなが地面に倒れた男にとどめの一撃を放とうとした。

ダメ!死なせちゃう!舞波はゆりなを止めるためにダッシュした。
間に合わない!

ガシ!
高い位置から真下に打ち下ろされようとしていたゆりなの拳を誰かの両手がっしりと受け止めた。

「阿久津!」
ゆりなは自分の目の前に迫った阿久津を睨む。

「そのへんで勘弁してやってもらえませんか?熊井さん、いや、マイハマン2号でしたっけ?」
阿久津は穏やかな口調で話した。
「彼らはただのアルバイトの学生でしてね。万が一のことがあっては親御さんに申し訳ない。まあ、とはいえ1週間は体中酷い筋肉痛で苦しむでしょうが」

「酷い、この人たちに何をしたの?」
舞波はゆりなの隣に立って阿久津を睨んだ。

「何って」阿久津は二人の顔を、といってもヘルメットのバイザーで表情は見えなかったが、交互に見つめた。
「かつてあなた達に差し上げたものと同じものを飲ませたんですよ。しかし、普通の人間にはやはり無理があったようで」

「普通の人間?どういう意味?」
少し冷静さを取り戻したゆりなが聞く。

「あなたたちは覚醒者、選ばれし者ということですよ」
阿久津はにやりと笑う。しかし舞波は阿久津の瞳になぜか悲しそうな色が浮かぶのを見て取った。

「と、そういえば私達は戦闘中でしたよね?」
阿久津はそう言って首をちょこんとかしげた。
と同時に舞波とゆりな、二人の体が後方に吹き飛んだ。
20メートルくらい後方に二人そろって背中から落ちる。
二人はすぐさま起き上がったが、阿久津はもうスピードでダッシュし、立ち上がった瞬間には二人の前に立っていた。

「きゃ!」
「うあ」
再び二人は後方に吹き飛ぶ。
今度はグランドとスタンドを隔てる壁に背中から激突した。
ミシミシと骨が軋み、あるいは砕ける感触。
かつて経験したことの無い激痛に襲われ、二人は声を上げることすらできずにグランドに崩れ落ちた。

「そんなものですか?期待はずれですね?マイハマン1号2号?立ってください?もしかしたら骨が折れてるかもしれませんが、あなたがたなら気合次第ですぐに回復できるはずですよ?」
阿久津は二人の前に立ち、倒れた二人を見下ろした。
「それとも、この場でとどめを刺しましょうか?」

殺される。舞波は初めてこの戦いに恐怖を感じた。

「待ちなさい!」
甲高い声がスタジアムに響いた。
この声は!

阿久津は声の主を探した。
阿久津の正面、スタンドを10段ほど上がったところに声の主は立っていた。

舞波やゆりなと似たデザインの戦闘スーツとヘルメットを身に着けた背の小さな人物。
しかしそのスーツの色は舞波とゆりな黒基調なのに対して、見事なまでにピンク色だった。
アンダー部分は舞波やゆりなの様なズボン状ではなく、タイトなミニスカートに濃いピンクのタイツのようなもので覆われた太もも。
ピンクのマフラーが風になびく。

「君は?」
阿久津は声の主に問いかけた。

「この世にはびこる悪は絶対に許さない!プリティ戦士、マイハマンピーーーーーーチ!」
マイハマンピーチと名乗る戦士は、如何にも正義の味方らしく、左腕を斜め右腕にまっすぐに伸ばしてポーズをとった。

桃子、ボイスチェンジャーオフのままだよ、声がそのまんま。舞波は痛みでもうろうとしながら3人目の戦士に心の中で突っ込みを入れた。