非常事態

つんく♂さん、あんなこと言ってたけど何も連絡無いなあ。
学校も冬休みに入り、舞波はごく普通の受験生としての生活を送っていた。
ゆりなと雅からはあれからたまにメールが入るが、自分が司令官になると豪語した金髪のプロデューサーからは何も連絡が無い。
あれは単なる冗談だったのだろうか?
ちょっと考える事が普通じゃない人とは言え、現実の世界でわけのわからない自警団などできるとは思えなかった。下手すれば、いや下手しなくても犯罪者一直線だ。

舞波は夕方家に帰ると玄関先のポストに1通の郵便物が入っているのを見つけた。
それはかつて舞波が所属していた事務所から差し出されたモノだった。
そういえば今年もそういう季節ね。
舞波はニコリと微笑み、その郵便物を持って家に入った。





そのまま何事も無く年も明けてお正月、2日。舞波は中野にやってきた。
事務所の車で裏から中野サンプラザの楽屋口に入る。
「あれ?舞波ちゃん?」今でもテレビで見かける先輩ユニットのメンバーが声をかけてくれる。舞波はぺこりとおじぎをした。
舞波ちゃん。ちょっと身長伸びた〜?」事務所の女性アイドル陣の中でも背の低い派手めの女の子がスタッフを無視して楽屋が並ぶ廊下の奥へと引っ張っていく。「Berryzのメンバーも準備できとるけん」
「お、石村元気でやってるか?」以前に世話になったスタッフからも声をかけられる。
ここに来るたびにむずがゆい様な気持ちになる不思議な空気。

今日の夕方、毎年恒例の新春コンサートが始まる。事務所を辞めてからも、節目になるコンサートの観覧には関係者として招待されていた。年末につんく♂の名前で来た郵便物はその招待状だった。つんく♂が自分の名前でそんなものを送ってくるのも珍しかったが、多分あのことで何かあるのだろう。舞波はそう漠然と考えていた。

「石村、来とるんか?」突然、慌しい様子で聞き覚えのある声が響いた。
つんく♂さん」舞波は自分に向かって小走りで近寄ってくるつんく♂にぺこりと挨拶をした。その後ろにはゆりな。
「石村、一大事や、ちょっと一緒に来てくれ。熊井もな」つんく♂は有無を言わせずに舞波の腕を取り引っ張っていく。

つんく♂さん、一体何がどうしたんですか?」
「嗣永が」そこまで言ってつんく♂は咳き込んだ。
「桃子が?」
「桃ちゃんが居なくなったの」代わりにゆりなが説明した。
桃子が?どういうこと?舞波は何もわからないままに、会場の外に用意されたワゴン車につんく♂、ゆりなと共に乗り込んだ。

他のスタッフも車に乗り込もうとしたがつんく♂はそれを制した。「嗣永は俺が責任持って見つけるからって社長に言うといてんか」つんく♂はそう言うと車を発進させた。





桃子はその日、集合時間どおりに事務所に到着し、それから車で会場に運ばれた。
リハ着に着替え、午前中に1回リハを終えるとメンバーとお弁当を食べる。その後少し腹ごなしに会場内を歩き回っていた。

「嗣永さんすいません」セット裏を歩いている時に見慣れないスタッフに声を掛けられた。
「舞台監督がお呼びなので、一緒に来てもらえますか?」
「はーい」はて?何か午前中のリハーサルで変なことでもしただろうか?疑問に思いながら桃子はそのスタッフの後ろについていった。
ある通路の角を曲がり、少し暗がりになっている箇所に入った途端、桃子は首の後ろに激しい痛みを感じた。
何?桃子がそう思った時には意識はもうろうとし、体はバランスを崩して倒れこんでいた。その桃子の体をあわてて支えるスタッフ。いや、桃子を抱え挙げると何か木箱のようなものにそのまま入れて、蓋を閉めた。
何なのこれ?桃子はなんとか体を動かそうとしたが自由が利かなかった。
何か台車の様なものに乗せられて運ばれているのがわかる。

やがて目の前が明るくなり、木箱の外に出された。会場の外?
目の前には明らかにスタッフとは違う、黒っぽい覆面をした男が三人。桃子はなんとか体を動かして逃げようとしてが、そのまま車の中に押し込まれた。
桃子の視界にたまたま通りがかったファンらしき男性数名が入る。桃子はなんとか「助けて」と声を上げた。桃子の声に気づいたらしいファン達が騒ぎ始めたが時既に遅く、車は走り出していた。
桃子は車が走り出してから自分の手が体の後ろで縛られていることに気づいた。
このロープ、もしかしてこれくらいなら?桃子は車の男たちに気づかれぬ様に両腕に少しづつ力を込め始めた。




つんく♂さん、どういうことですか?桃子が居なくなったって?」
走る車の後部座席から舞波が尋ねた。
「会場の外に居るファンが目撃したらしい。何者かに連れ去られる嗣永をな」
「連れ去られるって?」
「目撃者によると明らかに嫌がっている嗣永を無理矢理車に乗せたらしい。それに腕を後ろで縛られていたっていう情報もある」
「で、どうやって桃ちゃんを探すんですか?」ゆりながもっともな質問をした。
「せやな。どうしようか?」つんく♂は車の速度を緩め、近くのコンビニの駐車場に停めてしまった。
「ちょっとつんく♂さん、何やってるんですか?」舞波がいきりたつ。
「あの〜、提案があるんですけど」ゆりなが緊張感の無い声で手を挙げる。
「確か桃ちゃん、GPSってゆーのがついたケータイ持ってたはずで、桃ちゃんのお母さんに頼めば、桃ちゃんの居場所がだいたいわかるはずなんですけど」
「熊井、嗣永の家、電話番号とかわかるか?」
「えーっと、マネージャーさんに聞けば」
「よし、急いで連絡とって嗣永の居場所を突き止めてくれ。それからな、お前ら」
「なんですか?」舞波は少し嫌な予感がしながら聞いた。
「後ろにお前らの活動用のスーツを持ってきた。それを装着しておくんや」
「活動用のスーツってぇ」ゆりなが車の後に大型トランクが2個置いてあるのを見つけて開けてみる。
「ちょっと、これって」舞波とゆりなは顔を見合わせた。
「どや、カッコええやろ?」つんく♂は自慢げに微笑んだ。
「カーテンついてるから、それ全部閉めて着替えてしまい。でも先に嗣永の居場所、GPSで突き止めてや」