ニュース


昨日は何か変だったな。
夏焼雅は朝、学校に向かう通学路で昨夜のことを思い出していた。
桃子は調子悪そうだったし、ゆりな、何がどうとは言えないけど、いつもと少し違った気がした。
ゆりな、一昨日、調子悪くてレッスン休んだって言ってたけど…
昨日はまるでピンピンしていて、そんな風には全く見えなかった。
それに昨日のゆりなの笑い方、何かいつもと違っていた。
今日、学校終わったら千奈美に聞いて見ようかな?ゆりなと仲の良いあの子なら何か感じてるかもしれない。

学校が終わって、電車で事務所に行って。それからダンスのレッスンだの、写真撮影だの。
もうそんな生活を5年くらい続けている。
ちょっと前まで新人アイドルだったはずのアタシらが、いつの間にか事務所じゃ中堅どころになりつつある。実年齢はともかく、舞台やステージでの経験と、新しい子達の事務所への加入。学校じゃただの中学生なのに。

何もわからずにただただ一生懸命やっていた時代はとうに終わっていた。
ファンの人たち。日本全国どこに行っても必ず見かける様な人たちは、名前は知らなくても結構顔は覚えている。
閉じた世界の中で巡業を続けるBerryz一座。

舞波、あの子、元気にやってるかな?最近メール来てないな。
普通の女の子は普通の女の子できっと色々忙しいのだろう。


学校に向かう道すがら、雅はなにげなくケータイを開いた。
画面に天気予報やらニュースやらのテロップが流れ始める。

今日はこのへんは晴れか。でも、今日も寒くなりそう。
あれ?このニュース。

雅はふと気になったニュースの詳細を見るために、ケータイを操作する。
「昨夜、渋谷区青山××の路上で中年男性に暴力を振るっていた若者が、別の若者に暴行を受け骨折など全治1か月のケガ」
これって、うちの事務所の近くね。
中年男性に肩が当たったと難癖つけていた若い男二人組、その二人を止めようと割って入った背の高い少年。その少年が二人を?

この人、正義のミカタ?でも警察がこの人の行方を追ってるって。
事件のあった時間は、昨夜事務所前でメンバーが解散したすぐ後くらいなんだ。

まあ、私にはカンケー無いけど。


メール。新しいメール。
ニュース記事の閲覧から抜けて待ち受けに戻ったところで、新着メールを告げるアイコンが点灯した。

このメールって…
雅はそのメールに急いで返信した。






学校が終わり、雅は帰り道を急いでいた。
駅前の小さなケーキ屋さんの前、待ち合わせの場所に立つ。

「雅?」
雅は懐かしい声に振り返った。
舞波
そこには懐かしい友達、石村舞波の姿があった。
といっても何年も会わなかったわけじゃない。メールは時々やりとりしていたし。
時にはこうやって会うことも。
ただ、この半年ほどは忙しくて全く顔を合わせる暇が無かった。
舞波ぁあ」雅は思わず知らず舞波に抱きついていた。
少し驚く舞波。なんとなく雅の頭をなでてしまう。

ふと周りの視線に気づき、二人は少し体を離した。それからケーキ屋の中に入る。
雅はシンプルなイチゴショートに紅茶、舞波はパンプキン系のケーキにかぼちゃスープ。
雅は舞波のオーダーした組み合わせを見て笑い出した。
「かぼちゃ尽くしじゃん」
「いいでしょ、あったまるよ、このスープ」舞波は意に介さない。

「ねえ?」ケーキにフォークを差し入れながら舞波は聞いた。
「みんな最近どお?」

「どおって?んー、ちょっと忙しいかな、最近」雅はイチゴを先に食べるか、最後に残すか思案しながらフォークの先でつついている。
「何?戻りたい?」そう言って雅がいたずらっぽく笑う。

「違うよ、そんなんじゃ」
舞波は軽く否定する。
「違うか、そうだよね。それに今年は受験だしね」
雅は少し寂しそうだ。

「あのさ?」舞波がもう一度話を戻した。
「最近、変なこと無い?」
「変なこと?」結局イチゴを食べることにした雅がイチゴを口にほおばりながら聞き返す。
「そう、なんとなく変なこと。うまく言えないんだけど」

「うーん」雅は腕組みしながら天井を見上げる。
「まあ、たいしたことじゃないんだけどね」
「何?」
「最近、桃子がちょっと調子悪いみたい。昨日のビデオ撮影でもちょっと変だったし。まあ、カメラ回りだすといつも通りなんだけどさ、あの子は」
「ふーん」舞波はその言葉に何かを考える様に少しだけ沈黙した。
「ゆりなは?」
舞波はダイレクトに気になっている名前を出した。

「ゆりな?そういえばおとといレッスン休んでたなー。それも時間過ぎてからマネージャーさんのケータイにメールだけあって。ちょっとマネージャーさん怒ってたよ」

一昨日か。あの時、レッスンサボってたんだ。
やっぱりゆりなだけなのかな?舞波はどうしたものかと考えていた。
「あ!」雅は何かを思い出した様に声をあげた。
「ん?」
「あのさあ、昨日事務所の近くで暴力事件あったらしんだよね。暴力事件」
雅はそう言って自分のケータイを取り出した。カチカチと操作しながら、今朝見たニュース記事を見つけ出し、舞波の目の前に差し出した。

目の前に突きつけられたディスプレイを舞波はじっくりと読んで行く。
「これって」
「怖いよねー。ここってホントに事務所の近くだよ。ちょっと気をつけないとね」
「そうだね」

突然、雅のケータイが鳴り出した。
「あ、ごめん、そろそろ事務所に行かなきゃ」
雅が自分でセットしていたアラームだ。
雅はケータイをバッグにしまう。
「ううん、こっちこそ無理言ってごめんね。ちょっとだけど顔見れてうれしかったよ」
舞波は飲みかけのパンプキンスープを一気に飲み干してから立ち上がった。

雅の方は皿に残ったケーキをあっという間にたいらげてしまう。
二人はお互いを見て小さく笑いあった。

「雅?」
「え?」
「がんばってね。応援してるよ」舞波は心からそう言った。
「ありがと」雅は短く答えた。
二人はレジでお金を払うと何も言わずに駅の改札に向かった。