WITH SAYUMIN


王宮の食堂はざわめいていた。
王宮に仕える様々な役目の人たち、王宮敷地内の宿舎に住む外国人技術者達、その他この国の政府関係者で王宮に良く出入りしている人たちが食堂内でいくつかのグループを作っては好きな話をしていた。

既に給仕たちが各テーブルにオードブルや軽い食前酒を運び、それを飲む者達の中には早くも顔を赤らめている者もいる。

「俺、ちょっと荷物を部屋に置いてくるから」俊弥はそう言ってキャメイを食堂に残し、自分の部屋へと向かった。キャメイに気づいた何人かが、キャメイに輪に入る様声をかけはじめる。ここでは彼女も結構人気者なのだ。

そんなキャメイを自分の車に乗せてここに連れてきたというだけで、俊弥は少しばかり鼻が高い思いを感じていた。
そして心のどこかではそんな単純な自分に苦笑いもしている。

荷物、といっても小さなバッグ1つだが、を部屋のベッドの上に置く。そのまま食堂に行こうかと思ったが、はたと思いとどまり、バスルームでシャワーを浴びる。この島に来る前はこまめにシャワーなんか浴びなかったんだが、ここではなにげ女の子が近くに居ることが多い。別にその子達とどうなるものでもないんだが。

とにかく短時間でシャンプーとボディソープを使って汗を洗い流す。
ラフな短パンとTシャツに着替えて部屋を出て歩き出した。

「あら」
聞き覚えのある声に振り返る。
ミムラさん、ごきげんいかが?」ちょっと気取った感じで話すその娘に俊弥はペコリと会釈をした。
「なんか固いですねえ」この王宮に住むもうひとりの王女さゆみんは俊弥に近づくと、いきなり俊弥の手を取って歩き出した。

さゆみんの予想外の行動にとまどう俊弥にさゆみんはニコニコしながら話しかけてきた。
「今日は食堂のパーティに参加するんでしょ?さゆと一緒に歌いません?」
「歌う?」
「カラオケですよぉ。一緒に何か歌いましょ?」さゆみんは少なくとも俊弥が会ってからは一番の上機嫌な状態に見えた。初めて会った日の居丈高な雰囲気は無く、元来はかわいい娘なのだろう、白い肌とぷにぷにした感じに少しばかり惹かれるものがあった。

まったく、俺はすぐにこれだから…、俊弥はまたもや自分に苦笑いである。
「どうかしました?」さゆみんはキョトンとした顔で俊弥を見る。
「嫌ですか?私と一緒では?」

「あ、いや、そんなことは。嬉しいですよ、とっても」慌てて発した言葉がひどく儀礼的に聞こえる。
「ごめんなさいね?」さゆみんは俊弥の手を握り、横を歩きながら首を斜めにちょこんとかしげる。そのしぐさがまた可愛らしい。
「レイナからあなたの話を色々と聞きました。色々とレイナのことを守ってくれてたんですね。本当にありがとう」
そんな風に言われると少しくすぐったい感じがする。

初めはこの子はレイナと対立しているのかと思っていた。
例えば王位継承権をめぐってとか、どこかで良く聞く様な対立があるのかと。
しかしレイナとさゆみんの様子を見ている限り、そうでも無いらしい。

別にお互いに憎しみあってるとか、そういうことはけしてない。たまにぶつかることはあるみたいだが…

「私ね、いいことを思いついたんです」
さゆみんは物思いにふける俊弥に構わず自分の話を続ける。

「え?何?」
「だ・か・ら、とってもいいことを思いついたんですわ」
「はあ?」俊弥は上機嫌なさゆみんに適当な相槌を打つ。

二人は階段を降り、食堂がある1階へやってきた。食堂では既にパーティが始まっている感じだ。
誰かが何かをスピーチしている。あれはここの料理長?

それを聞いているのか、聞いていないのか、食堂に集まった人たちはそれぞれに好きなものを食べたり、飲んだり、そして勝手に談笑していた。

俊弥はさゆみんに手を引かれながらもキョロキョロと食堂内を見渡す。
いつもの見知った同僚や、レイナやキャメイの姿をなんとなく探していた。

「あらあらあら」近くで聞きなれた声がした。キャメイの声だ。
ミムラさんいつの間に?」キャメイがにやにや笑いながら二人に近づいてくる。
それに同僚の王(ワン)と、ミキティ、アサミ。ミキティも来ていたのか。
それから…

キャメイ、お疲れ様。今日はここに泊まって行く?なんだったらあたしの部屋に」さゆみんはにこやかにキャメイに声をかけた。
「あ、うん、ありがとう」キャメイもまたにこやかに答える。
「ところで…、いつの間に仲良くなったんですか?」キャメイがさも不思議そうな顔でさゆみんと俊弥を見た。
「やっぱ、この男危険なんじゃねえの?」ミキティが少ししかめっつらでキャメイの肩に自分の手をかけながら俊弥の方を見る。
「そうですよ、次から次へのわが国の姫君をたぶらかして」アサミの方は意外にも少しふざけた口調になっている。

「俺は別に」俊弥が弁解しようとすると、さゆみんが冷静に助け船を出した。
「私が一緒に行こうとお誘いしたんですわ。ミムラさんには帰国してから色々と無礼なことをしてしまいましたから。これからは仲良くさせて頂きたいと思いまして」

「ふーん」背中越しの少し冷たい声に俊弥はドキリとした。
「仲良しっちゃねー?」俊弥のさゆみんの後ろから二人の間に割って入る様にしてレイナが顔を出した。
背が低いので、二人の肩と肩の間に顔が出ている感じだ。レイナは両腕を広げて二人の腰を自分に引き付ける様にしている。少し冷たいレイナの声と、密着されて感じるレイナの体温、その両方で俊弥はドキリとしていた。

「へへー」レイナは後ろから完全に俊弥とさゆみんの間に割って入ると俊弥にがばっと抱きついた。それを見て少しばかり余裕を見せていたアサミが色めきたつのが判る。
レイナに誰かが必要以上に近づくと警戒するのが、体に染み付いた習慣になっているのだろう。

「さゆと仲良くしてくれるのは嬉しいっちゃけどー」レイナは俊弥を見上げながら言う。
「レイナ以上に仲良くしたらダメやけんね」
「なんですか?それは?」さゆみんがレイナを俊弥から引き剥がした。
「何するとー」
「レイナにはこの国の王女としての自覚が足りませんわ」
「はいはい、二人ともそのへんにしましょうね」キャメイが二人をなだめる。
ミキティは少し離れてクスクスと笑っていた。
多分ふたりはいつもこんな調子なのだろう。

「わかりましたわ、とにかくみなさんで楽しみましょう。今日はみなさんに発表したいこともありますし」さゆみんがそう言って先頭にたって、近くのテーブルへと歩みを進めた。
食堂のど真ん中にある王族用にキープされたテーブル。
無礼講に見えてもここにはそれなりのルールがある。

「発表ってなんね?」レイナが質問する。
「あとのお楽しみですわ」さゆみんは機嫌良く答えた。