STOP OVERTIME WORK

さゆみんがこの国に帰ってきて半月ほどが経過していた。
この国のもうひとりのプリンセス。そしてもうひとりのさゆみんの巫女。
彼女がこの国に降り立った日、俊弥が感じた波乱の予感。
しかしこの2週間ほどは思いのほか平穏な日々が続いていた。

王宮の中で、俊弥はたびたびさゆみんを見かけたがその度に彼女は意外なほど明るい笑顔を見せ、小さく会釈をして通り過ぎた。
レイナと二人でいる姿もしばしば目撃したが、仲の良さそうな二人の姿に俊弥は少しばかり安心していた。

本当は・・・、少し寂しいのかもしれない。
さゆみんが王宮に来てから、レイナが自分で絡んでくる回数が少し減った気がする。

やはり同性の友達が近くにいるほうが楽しいのだろうか?

俊弥はそんな思いを振り払う様に目の前のモニターに注意を戻した。
数週間前に行われた海上プラットフォームからのロケット発射。その時の発射管制システムのログ解析結果が表示されていた。

公式にはあの事件の調査結果について俊弥には何も知らされていなかった。
俊弥の目の前に置かれた小さなミニノートPCは、彼が3日前に購入した私物だった。彼が見ているそのログは寺田がどこかからか手に入れてきて俊弥に渡してくれたものだ。

「結局のところ何もわからへんけどな」俊弥にそのログの入ったUSBメモリを渡す時、寺田は苦笑いしていた。「ま、このログも色々まずい事が削られてとる可能性高いし」
「どこから手に入れたんです?」俊弥は聞いたが寺田は答えてくれなかった。
「三村はんは知らんでええで」寺田はそう言って自分の仕事に戻っていった。

そのログには何者かが不正なコマンドを管制システムに送り込み、ロケットの軌道データを書き換えていたらしいことを示していた。
問題はどこからそのコマンドが送られていたかだが。当初セキュリティのかかっていない管制システムの内側の配線をタッピングして強引にコマンドを送り込んでいたものと考えていた。しかしそのログには正常な認証手順が含まれていた。ただし・・・その認証に使われたID自体が何者なのか。いつ管制システムに登録されたものなのか?そのログ自体には何も答えは残っていなかった。


「ほーい、今日はノー残業デーや。みんな帰ってくれよー」背後から寺田の声が響いた。
ノー残業デー、ここにもそんなものがあったのか。俊弥は苦笑した。そういう建前だけのお約束事が嫌でこの島に逃げてきたのに。

俊弥は自分のミニノートPCをパタンと閉じて、カバンにしまい込んだ。それから今度は業務用のパソコンからログアウトして電源を切る。

「お言葉に甘えてとっとと帰りますよ」俊弥は寺田にそう声をかけた。
「おお、今日はなんか王宮で宴会があるそうやないか。俺も後でいかせてもらうで」
「なんかカラオケ大会らしいですよ」俊弥は苦笑いしながら応じた。

オフィスを出て地下駐車場に降りるエレベーターに乗るところでばったりとキャメイに遭遇した。付き人らしい初老の紳士と一緒である。
「あら、ミムラさん、これからお帰りですか?」キャメイは何かうれしそうに笑っていた。
「ああ、キャメイさん。うん、今日はノー残業デーらしいから」
「王宮にまっすぐ帰るのですか?」キャメイは俊弥と一緒に下りのエレベーターに乗り込みながら聞いた」
そういえばここ1週間ほどキャメイの顔を見なかったな。この子はこの子でずいぶんと不思議な感じのする子だ。
レイナよりはずいぶん落ち着いた感じがするとは言え、この国の経済産業長官という大任を背負っている天才少女であるなど、いまだに信じられない。
この国には俊弥には想像の付かない運命を背負った少女達が居る。この子達に比べて自分は一体ここで何をしているのだろう?
ミムラさん?」返事の無い俊弥の顔をキャメイがじっと覗き込んできた。
「あ、ごめん。うんまっすぐ帰るよ」俊弥が答えると同時に高速エレベーターは目的の地下駐車場に到着した。
「じゃあ、私も一緒に連れて行ってくださいな」
「え?でも?」俊弥は一緒についてきている老紳士の方を見た。
キャメイは俊弥の様子は意に介さず、その老紳士に二言三言呟いた。
俊弥にはわからない言葉だった。
老紳士はぺこりと頭を下げるとキャメイから離れた。

「さ、いきましょ」キャメイはそう言うと自分の腕を俊弥の腕に絡ませ、強引にひっぱり始めた。
「ちょっと、待って」
「何ですか?」キャメイはきょとんとした顔をしている。
「君は僕のクルマがどこに停めてあるか知ってるの?」
キャメイはその言葉を聞いて、ああ!という顔をした。
「そういえば知りませんね」キャメイはニコニコ笑いながらそう答えた。
「じゃあ、ミムラさんが私を引っ張って行ってくださいな」
俊弥は頭をかきながらキャメイを自分の車が停めてある方に連れて行った。

そういえば、レイナやキャメイと一緒に居る時はいつも頭をかいている気がする。
なんでだろうな、まったく。


「ところで」車を発進させ、ビルの駐車場から出たところで俊弥はキャメイに対して質問を発した。
「今日は王宮に何か用事でも?」
「あら?」キャメイが少し首を横にかしげた。
「用事が無いと行ってはいけませんか?」
「い、いや、もちろんそんなわけじゃ」抗議された様に感じて、俊弥は少し慌てた。

「あははは、ホントはちょっと用事があるんですよ」キャメイはケタケタと笑った。
「用事?」
「えーっと、ちょっとさゆ、いえ、さゆみん姫に」
さゆみん?彼女に呼ばれたのか。微妙に嫌な予感がするな。
俊弥は知らずハンドルを握る手に力が入った。それから…
「あー、ミムラさん、ちょっとスピード出しすぎでは?」
キャメイが軽くたしめる感じで速度計を指差した。
おっといけない。隣に人を乗せる時は特に気をつけているつもりだったが。

道が空いていたのか、気が抜けていたのか、注意されても仕方無いくらい速度が上がっていた。
慌ててアクセルを緩め、肩の力を抜く。
そう言えばキャメイとこんな風に車の中でふたりきりになるのは初めてだ。
別に下心があるわけでは無いのだけど、少しばかり緊張しているのかもしれない。
相変わらず俺は…

夕暮れの空の下、もはや見慣れた王宮が視界に入ってきた。
さゆみんか?なんだろうな?俊弥はとなりのキャメイをチラリと見たが、キャメイは機嫌良くニコニコと笑っていた。

別に今までこの島で起こったことに比べれば。
俊弥はそんな風に考えながら、二人を乗せた車を王宮の駐車場に向かう横道への導く様、ハンドルを切った。