ON THE BED


「今日はあたしもこの部屋で寝る」俊弥が立ち去った後、ベッドに戻ろうとするレイナにさゆみんがそう告げた。その言葉を聞いて心なしかレイナの表情が明るくなる。
「ひさしぶりやね、さゆと一緒に寝るの」レイナはそう言って自分のベッドにもぐりこんだ。
「ちょっとバスルーム借りるね」さゆみんはそう言ってバスルームに入り、顔を洗い始めた。顔を洗い終わったところでトントンと部屋の外からドアをノックする音が聞こえた。さゆみんがドアから顔を出し、王宮の給仕から何かの入ったバッグを受け取った。

「何?それ?」
「着替え。あたしの寝巻きだよ」さゆみんはそう答えると内側からドアの鍵を閉めて、着ている服を脱ぎ始めた。
「あー、着替える前にシャワー浴びるわ」さゆみんはそう言うと下着姿のままで再度バスルームに駆け込む。
バスルームのドアが閉まり、ほどなく中からお湯を流す音が聞こえ始めた。

レイナはベッドの上でうつぶせになり、枕を抱きかかえる様にしながらぼんやりとシャワーの音と、台風が吹き荒れる外の風の音を聞いていた。
少し疲れていたけど、なぜか幸せな感じがした。

やっぱりトシヤにもう少し居てもらえば良かったかなあ。きっとトシヤはこの島に着てからの自分の行動を少し変に思っているに違いない。レイナにもそれは判っていた。早くトシヤに本当の事を話したい。でも今は…、近くに居てくれればそれいい。
ふとレイナの意識の中で幼い頃の記憶が甦る。日本。遊園地。見知らぬ人、人。自分の周りを行きかう人々がまるで怪物の様に思えたあの日。

目の前に現れるトシヤの笑顔。俊弥に抱き上げられて微笑む、幼い自分。
トシヤはあの時のこと、どのくらい覚えているだろうか?幼かった自分がこれだけ鮮明に覚えているのだから…




何かがおかしい。さゆみんはシャワーを浴びながら、ひさしぶりの故郷に帰国してからの出来事を反芻していた。
レイナ達が巻き込まれたというロケット発射妨害事件。あの事件の真相は未だに判明していないと、今日さゆみん付きの武官から聞いた。レイナ王国の王室はもともと比較的開かれた王室だった。
王族が一般市民に混ざって色々な行事に参加するのはしょっちゅうだったし、国内のいくつかの民族間の小さな争いはあったにしても、王室は国民の尊敬と信頼を得ていた。
しかし、外国人を王室にこれほどまでに近づけるとは。表にはあまり出ていないが、そのことに起因するトラブルも色々と発生しているらしい。

ミムラトシヤ、あの男は何者?本人には悪意は無いのかもしれないが、このままレイナに近づけておいて良いのだろうか?
あたしは…さゆみんは大量のお湯が降り注ぐ中、顔を上げて、そのお湯を顔面に浴びた。
あたしはさゆみんの巫女。レイナとともにこの国を護るために産まれてきた存在。
あの男がレイナに災厄をもたらすようなら…




濡れた髪をタオルで乾かしながらさゆみんがバスルームから出てきた。
体に巻いていたバスタオルを外すと、ピンク色のジャージっぽい服を着る。
「相変わらずピンクっちゃねー」レイナはベッドの上から感心した様に呟いた。
「ピンクはさゆの色、レイナにも渡しません」さゆみんはなぜかクスクスと笑いながら答えた。
「レイナは相変わらず紫なの?」
「そんなこと無いっちゃよー」今後は何がおかしいとわけでも無いのに、レイナがクスクスと笑う。

「ま、今夜はゆっくり聞かせてもらうわ。あの男がレイナの何なのか?」さゆみんはそう言いながらレイナが横たわるベッドに腰を下ろした。
「だいたい」さゆみんはレイナの顔を両手ではさむようにしながら自分の顔を近づけた。
「レイナは私のモノ」さゆみんはそう言って悪戯っぽく笑う。
レイナは少しドキリとしたのか顔を赤らめた。
「ちょ、何言ってるっちゃ。レイナにはそーいう趣味はなかけん」
「あら、私だって無いわよ」とさゆみん
「もう」レイナは憮然とした表情でさゆみんを睨んだ。


「本当にひさしぶりだよねえ」さゆみんはシーツをめくると、自分もレイナの隣に横たわった。
「昔はこうしていつも一緒だったのに」
「そうっちゃね」レイナが少しうれしそうに笑う。
「レイナが日本に行っていた時以外はね?」
「え?何ちゃね?」
「私にとってレイナは可愛い妹みたいなものなの。おない歳だけどね。でも」
さゆみんはわざとレイナを背中を向けた。
「何ね?」レイナはそんなさゆみんの肩に手を伸ばした。

「私にとって、レイナはいつもミステリー」
「レイナはレイナっちゃよ」
「そうね。そうかも」
「さゆ?」

「レイナ」さゆみんは寝返りを打って、今度はレイナと向かい合わせになった。
「私達はこの世で二人だけのさゆみんの巫女なの。そのことを忘れないで」
「え?う、うん」レイナは良く意味がわからないまま頷いた。

「じゃあねえ」さゆみんがまた悪戯な微笑みを浮かべた。
「あたしがレイナ島を離れていた間、どんなことがあったか、ゆっくりと話を聞かせて。あと、トシヤ?彼のことも」
「トシヤは…」レイナは口ごもった。
「トシヤは大事な人。今はトシヤ本人にも何も話して無いけど。トシヤはね、レイナがここに呼んだんだ。トシヤは知らないだろうけど。だって、ずっと逢いたかったから」
レイナの瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。
さゆみんはそっとレイナの体に自分の体を寄せ、レイナを優しく抱きしめた。
「ちょ、さゆ」
「いいから、ゆっくりと話して」さゆみんは優しい微笑みをレイナに投げかけた。
「ゆっくりと」