TYPHOON

「入れ」
レイナの部屋のドアが開き、中からアサミが顔を出した。
中に入った俊弥と入れ替わりに王宮お付の医師が部屋を出て行った。
俊弥はその医師とは顔見知りだった。ロケット発射施設レインボー7で俊弥が怪我をした後、何度か怪我をした部分の消毒なんかをしてくれていた。

「レイナは?」俊弥はすれ違いざまに医師に声をかけた。
呼び止められた医師は穏やかな表情を浮かべた。
「心配いりません。姫君は少しお疲れになっているだけです」医師はそれだけ言ってペコリと会釈をし、部屋を離れた。

「これを首にかけておけ」部屋の入り口でアサミが首かけ式のIDカードを俊弥に手渡した。
「王宮のこのエリアだけは本来王族と許可された者だけしか入れない。これを持っていれば警備の兵士にも止められずに済む」
俊弥は黙ってそのIDカードを首からぶらさげた。
「それから、これ私の内線番号だ。何かあったら呼んでくれ」アサミはもう一枚白い小さなカードを手渡した。
アサミはそれだけ言って、部屋を出ようとした。
俊弥はその様子に慌ててアサミの腕を掴んだ。
「痛い」アサミが少し顔をしかめる。
「すまん。レイナと一緒にいなくていいのか?」俊弥は慌てた顔で聞いた。
「ここは王宮の中だし、滅多なこともあるまい」アサミのその言葉の中に、深い意味があるのか無いのか、俊弥には判断が付かない。
「しばらく姫のそばについていてやってくれ」


部屋の外壁を雨粒が叩く音が大きくなっていた。
風の音もかなり強く聞こえる。

レイナの部屋は、想像していたような大きな部屋ではなかった。
欧米のちょっと良いホテルの部屋くらいの大きさはあるものの、俊弥がイメージしているお姫様の部屋とは異なっていた。
ベッドやその他の調度品もどちらかというと無機質かつ機能的なイメージのものが多く、とりたてて女の子らしい飾りつけというわけでもなく。
少し暗めの照明の下で、レイナは眠りについていた。
レイナの眠るベッドの前には背もたれのついた椅子が2つほど並んでいた。俊弥はそのうちのひとつに座り込み、眠っているレイナの顔をなんともなしに眺めていた。
単なる錯覚かもしれないが、俊弥がこの部屋に入った数分のうちにも、外の雨風は強くなっている気がした。

俊弥は子供の頃、沖縄に少しだけ住んでいたことがあった。台風の季節は、大人にとっては厄介なものだったろうが、子供だった俊弥には台風の夜をすごす経験はなんとなくワクワクと楽しいものだった。
目の前のレイナが元気なら、キャメイやアサミを呼んで、怪談とかしゃべりながら夜をすごすのも楽しいんだろうな。

「トシヤ?」小さな声が俊弥を呼んだ。
俊弥はふと我に返り目の前のレイナを見た。レイナはうっすらと目を開けて俊弥を見ていた。
「なんだい?」
レイナは無言でシーツから片腕を伸ばした。
俊弥はどうするべきか良くわからないまま、その手を握った。
レイナは少し安心した様に微笑んだ。
「トシヤ・・・」
レイナはもう一度俊弥の名を呼んだ。
「お腹空いた」そう言って少し照れくさそうに笑う。
「ああ」
さてどうしようか?アサミに連絡するか、食堂の料理長に頼んで何か作ってもらうか。
そんな風に考えていると、トントンとレイナの部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「そこ」ドアのノックに反応しようとする俊弥に、レイナがベッドの近くの壁にかかった何かを指差した。
インターフォン?俊弥はその機械の壁に据え付けられた機械の一番大きなボタンを押した。
小さなLCDの電源が入り、部屋の外の様子が映しだされる。
さゆみん姫?さゆみん姫が何かを持って部屋の外に立っていた。
「トシヤ、部屋の電気点けて」レイナが今度は照明のスイッチを指差す。
俊弥は部屋の照明を明るめに切り替えると、ドアの前に立ってゆっくりとドアを開けた。
「あら?あなたなんでこんなところに居ますの?」さゆみんは俊弥を見るなりいぶかしそうな声を上げた。視線を俊弥の胸元に落とし、その胸にぶら下がっているIDカードを確認すると、ふんっと言った感じでずいずいと部屋に入ってきた。

「レイナ大丈夫?」さゆみんは今までのイメージとは少し違った優しい声でレイナに声をかけた。
「オニオンスープ作ってみたんだけど、食べてみない?」
その言葉にレイナはいきなりがばっと起き上がった。
「あう〜」急に起き上がってくらくらするのか、レイナはおかしな声を上げる。
「食べる食べる。ちょうどお腹空いてたっちゃ」
「あっちのテーブルの上の方が良さそうね」さゆみんはレイナが自分で動けるのを見て、立ち上がってドアの方に移動した。
「ちょっとあなた、レイナをテーブルまで連れて行って」さゆみんは部屋の中にある小さめの丸テーブルを指差した。
俊弥は慌ててベッドに近寄りレイナの体を支えながらテーブルまで移動するのを手伝った。
見るとレイナは上下紫色のジャージを着ていた。そのお姫様っぽく無い姿にも少し驚きながら、レイナをテーブルの横の椅子に座らせる。
その間にさゆみんは部屋の外から、小さなキッチンカートを押して入ってきた。
部屋の中には料理の蓋を開ける前から、良い香りが漂い始めた。

「あなたも食べる?」さゆみんは俊弥をじろりと睨む様にして言う。
俊弥は無言でこっくりと頷いた。
「OK、一緒に食べましょ」さゆみんは俊弥にも着席を促した。
言葉遣いはともかく、この子もそんなに悪い子では無いのかな?俊弥はそんな風にさゆみんを見始めていた。

「ああ、これおいしかー」レイナが明るい声を出した。さっきまでの弱弱しい雰囲気からは一転している。さっきは単にお腹が減ってたからか?俊弥はそう考えると、少し可笑しくなってきた。
「なんですの?男の方がニヤニヤと」さゆみんが俊弥に突っ込みを入れる。
「トシヤは結構妄想好きみたいやけん、気にしないほうがいいっちゃ」レイナが機嫌よさげにそう言う。本人には全く悪意は無いのだが、さゆみんはその言葉を聞いて少し憮然としていた。
「全くレイナ王国の姫ともあろうものが、こんなわけわからない男と仲良くして」
さゆみんは遠慮会釈無くものを言うが、さりとて俊弥を嫌っているわけでもなさそうだった。
俊弥があっという間に自分の皿に取り分けられたスープとフランスパンを平らげると、俊弥が何か言う前におかわりを出してくれた。


不意に、部屋の明かりが消えた。
「停電っちゃ」
部屋の明かりが消えた途端に、外の風雨の音が大きく響く様に感じられる。
さらに雷。
あらゆる部屋の窓の外には金属製の雨戸が取り付けられているので、雷の光は見えないが、激しい音が何重にも鳴り響いた。

いつの間にかレイナは俊弥のすぐ隣に自分の椅子を動かして、身を寄せていた。
「ちょっと怖いっちゃねー」そんな風に言っていたが、実際にはさほど怖がっている様子は無く雷の音を面白がっている様子さえあった。

一方、さゆみんは無言だった。暗闇に少し目が慣れると、さゆみんの顔が見えてきた。
どことなく不安そうな表情で、俊弥とレイナの姿を探していた。
「さゆ、こっちへ」レイナは立ち上がるとさゆみんを連れてベッドの方に行き、さゆみんの手を握ったままベッドに腰掛けた。

しばらくして部屋の明かりが再度点灯した。

「あ」レイナが声を上げた。
「何?」俊弥が聞く。
「俊弥、停電している間に二杯目を食べ終わってる」
俊弥の目の前の皿のオニオンスープがキレイに片付いていた。
「いや、これ、かなり美味かったから」

「す、少しは遠慮しろ」さゆみんが弱弱しい声で口を開いた。
「それはレイナのために作ったんだからな」
俊弥とレイナは顔を見合わせて、くすっと笑った。
さゆみんはまたもや憮然としている。

「トシヤ」レイナが俊弥に声をかけた。
レイナのほうがすっかり元気になっている。
「心配かけてごめんっちゃ。今日はさゆと一緒に寝るけん、もう大丈夫っちゃ」
その言葉に俊弥はふうっと息を吐いた。
「そっか、じゃ、俺も自分の部屋に戻るわ」

俊弥そういうと少し名残惜しそうな顔をしながら、レイナの部屋を立ち去った。