DISASTER PREVENTION


「そっちの枠とって、枠」王(ワン)が脚立の上から俊弥に声をかけた。
「どれ?これ?」慣れない俊弥は王宮の建物の外壁近くに置いてある資材を前にすぐに必要なものが見つけられない。
「あー、それ、その青っぽいやつ」
これか、俊弥はプラスチック製らしき枠を持ち上げ、脚立の上の王に渡す。
王は慣れた手つきでその枠を建物の窓枠の外側にはめ込み、ボルトで固定する。
「次、パネル」
俊弥は言われたものを次々と王に渡して行く。

王宮のあちこちで男達、いや男だけでなく女性達もまざって古い建物の窓などを補強していた。
俊弥以外はみんな手馴れた様子だ。


見るとレイナも小さな体で色々なものを運んでは男達に渡していた。
俊弥は大丈夫かなと心配になったが、とりあえず自分の持ち場の仕事を片付けることに専念した。




同時刻、空港:
「パシフィック401、グァムへのダイバートを勧告する。横風20knot。コンディションギリギリだ」
進入管制官はおそらく今日最後と思われる着陸進入機に向けて言葉を発した。
空港を霧が覆い、横風が予想以上に強い。さきほど着陸したばかりの機長のレポートによると強いというより、風速が安定せず危険だと言っていた。


「レイナアプローチ、パシフィック401、機内に急病人が居る。1回トライさせてくれ。無理ならダイバートする。それから救急車の準備を頼む。患者は男性、35歳、激しい腹痛を訴えているが、機内に医師がいないため詳細不明」

「パシフィック401、今進入中の便はおたくだけだ、優先着陸権を与える。通常の進入パスをショートカットしてILS進入を許可する」

「了解、ありがとうレイナアプローチ」

パシフィック401便のコパイロットは通信を切ると機長を顔を見合わせた。
「機長、ILS32にショートカットするコースを入力します」
「頼む。最短で下ろそう」

機長はコックピットの窓外を覗き込んだが、上空には青空が広がっているものの、眼下には黒い雲が垂れ込めていた。
今居る高度では気流の状態は悪く無いが、少し高度を下げればすぐに揺れ始めるはずだった。

パイロットが進入コースをコンピュータに打ち込んでいる間にエンジンやその他機体各所の状況をチェックする。

機材はB767、機体には何の問題も無い。横風20knot、何度もシミュレーターで訓練したし、実際に下ろしたこともある。問題無い、機長はそう自分に言い聞かせた。
「機長、入りました」
パイロットの入力完了を告げる声を聞き、機長は自分自身でその入力内容の確認を始めた。
その間、今度はコパイロットが機の状態を監視する。





「あれ?」レイナは不意に空を見上げた。
「どうしました?」そばに居たアサミが心配そうにレイナを見た。
さっきから建物の補強資材をフラフラしながら運んで行くレイナが危なっかしくて、一緒に手伝っているのだ。といってもアサミ自身もレイナとあまり体格は変わらないため、はたから見ているとどちらも危なかっしいのだが。
いつも姫にひっついているバカ男はなんでこーいう時には近くにいないのだ。アサミは心の中で行き場の無い怒りをとりあえず俊弥にぶつけていた。
もちろん俊弥は俊弥で別のところで補強作業を手伝っているは知っている。

「大変っちゃ」レイナはそう言うと立ったままで目を閉じた。
ほとんど同時に王宮のすぐそばを覆う雨雲から雨が降り出した。
「姫!」アサミは抱えていた資材を地面に置き、レイナの体を支えるようにして両手で肩を掴んだ。





パシフィック401便は雲をかすめる高度まで降下し、同時に大きく揺れ始めた。
ベルトサインはすでに点灯していたが、予想以上の揺れに乗客には動揺が走り始めた。

「こりゃ揺れるな、キャビンはちょっと大変かもしれんな」
「ええ」コパイロットは目の前のモニターに映る空港の着陸支援設備からの信号を確認しながら答えた。
機長が客室に状況説明しようと機内通話のスイッチを操作しようとした瞬間に機体が大きく揺さぶられた。

機長は一度はスイッチに手を伸ばしたが、その揺れで手を引っ込めた。元々考えていた着陸コースより遙かに短いコースを飛んでいるため、ゆっくりと乗客に状況を説明している暇はなさそうだった。

目の前のモニターに機体の姿勢と着陸支援装置からの適正着陸コースが示される。
横風で機体が激しくゆすられ、機体がコースから外れそうになるのをオートパイロットがギリギリのところで引き戻していた。

機長は速度を読みながら、コパイロットにフラップの角度設定や、降着装置の操作を指示する。前脚と主脚が下り、機体の重心が下がった401便はやや安定したが、それでも横風に激しく翻弄されていた。そして、それ以上に視界が悪い。機長はオートパイロットを切り、自分の制御下に機体を置いた。それで機体の揺れは先ほどまでよりは少し和らいだように思えた。

しかし現在のコンディションではゼロ視界着陸はできない。

高度はどんどん下がって行く。あと少しで着陸可否の判断をしなくてはならない。
計器は機体が正しいコースを降下していることを示していたが、目視で滑走路を確認しなければ着陸させることはできなかった。

高度は1,000フィートを切った。200フィートに降下した時点で滑走路が見えなければ着陸を断念、機はグァムを目指すしか無い。機内の急病人の状況がそれを許すのか?

800フィート、目の前はほぼ真っ暗なままだ。
500フィート、ありがたい事に揺れは小さくなっていた。しかし視界依然として開けなかった。
「うわ」コパイロットが突然声を上げた。
機長にはその理由がすぐにわかった。目の前がピンク色の強い光で覆われた。
雷?しかしこの色は?

パイロットは素早く計器類をチェックし、少なくとも致命的な問題は無さそうであることを見て取った。
「エンジン、電気系統異常無し」
機長はその報告を聞きながら目の前の雲がさあっと割れる様に晴れて行くのを見た。
300フィート、いまや、401便を挟む様にして雲の切れ目が滑走路まで続いていた。
200フィート。
「ランディング」機長は着陸を宣言した。
401便は前脚をほんのわずかにセンターラインより外したものの、安定した姿勢で接地し、安全に減速した。
コックピットからは見えなかったが、上空を覆う雲は再び空港全体を覆い、401便を導いた雲の切れ間は消えて無くなっていた。




「ちょっと、手を貸してくれ」俊弥の耳にアサミの叫び声が聞こえた。
ちょうど王(ワン)に最後の資材を渡し終えたところだった。
脚立の上の王が、行っていいよ目配せする。

俊弥はアサミの声のするほうに走った。
降り始めた雨の中、既に王も俊弥もかなり濡れていたが、そんなことよりもアサミの声にこめられた緊迫感が気になり、俊弥は全力でダッシュしていた。

「アサミ、どうした?」俊弥はそう言いながら、アサミが崩れるような体勢のレイナを抱えているのを見つけた。

「レイナ?」
「急に意識を失ったんだ。姫の部屋に運ぶのを手伝ってくれ」
アサミがそう言い終わる前に、俊弥はレイナをひとりで抱えあげた。
「レイナ?」俊弥はもう一度レイナの名を呼んだが、レイナは無反応だった。