TYPHOON INCOMING


翼に日の丸を描いたB777が薄い排気を引きながら離陸した。
俊弥は飛行機の後姿が徐々に小さくなり、やがて肉眼で捉えられなくなるまで黙って追っていた。

ふうっと大きく息を吐き出した俊弥はとなりで同じ様に空を見ているレイナに声をかけた。
「さて、帰りますかね?お姫様」
「ちょっと急いだ方がいいかもしれませんよ?」レイナが答える前にキャメイが口を挟んだ。
キャメイは西の空を見ていた。
少し前まで快晴だったのに、確かに西の空を黒い雲が覆い始めていた。
「天気予報では高気圧が張り出しているので、大きな雨雲は来ないはずだったんですけどね。とにかく行きましょう」
キャメイは俊弥やレイナの返事はまたずにすたすたと歩き始めた。

アサミがさあ行きましょうとレイナの肩に手を回して、空港の展望デッキの出入り口へといざなう。

俊弥は黙って二人に寄り添う様に歩き始めた。



レイナの専用リムジンが空港を出発する頃には西の空の雨雲はさらに大きく発達している様に見えた。
それにしても、さゆみんのお告げか。日本に居た頃の俊弥ならこんな話は一笑に付したであろう。しかし、ロケット打ち上げの際のあの不思議な体験の後では否定するわけにもいかなかった。結局のところさゆみんが何なのか?何も俊弥には判っていなかった。かといってレイナやミキティに詳しく尋ねるのもなんとなくはばかられた。
この国は何かが自分の元居た場所とは違う軸で回っている。俊弥はそんな風に思うしか無かった。

「空港は3時間後には閉鎖されますね」キャメイが誰にともなく言った。
「今レイナ島に向かっている国際線の航空機で3時間以内に到着できない便には、引き返すか代替地への振り替えを要請しています。週末に観光客の方々がいらっしゃれないのは痛手ですけど」
「あの雨雲は確実にこっちに来るの?」俊弥は尋ねた。
「さっき気象局と話をしましたが。通常の気象レーダーにも雨雲は映っています。ただしレイナ島の上空には強い高気圧があって、普通に考えれば簡単には雨雲は広がって来ないですが。ですが、レイナがお告げを聞いたのであれば、ほぼ確実に」
「ふーん」俊弥はそう言って隣に座るレイナの顔を見た。
「なんちゃね?」
さゆみんの巫女ってのは天気予報もやるのか。便利なもんだな」
レイナは俊弥の言葉の真意がよくわからずにポカンとした顔をしていた。
「おい、貴様、失礼だろう」会話を聞いていたアサミが気色ばむ。

「私達にもよくわからないんですよ?」キャメイがそんなアサミを押し留める様にして話を続けた。
「普通の気象学の範囲では予想できない嵐の襲来。これはこの国、特にレイナ本島について科学的に解明しきれいてない謎なんです。米国の気象学者の方とかにも来て頂いて研究してもらってるんですが。現象自体は何度も確認されていて、スーパーコンピュータを使って色々なモデルを作っては、観測結果とマッチングするモノが無いか検索を続けているんです」
「レイナだけなのか?」俊弥は質問した。
「何が?」レイナは俊弥の腕に自分の腕を絡めながら甘える様に俊弥を見た。アサミはその様子に少しばかりイラついている様だった。

「通常の気象予報で予測できない嵐の襲来を事前に察知できるのは、レイナだけなのか?さゆみんのお告げって奴で?」
「さゆもできるっちゃよ」レイナは間髪いれずにそう答えた。
「さゆ?」
「ややこしいけど、王女さゆみん。彼女もさゆみんの巫女ですから」キャメイが補足した。
「ちょっと、姫、キャメイ、巫女の話を外国人にぺらぺらと」アサミが怒った様な声で言葉を発した。

さゆみん姫、彼女もさゆみんの巫女なのか。
ミキティが言っていた、さゆみんの巫女には王位継承権が与えられると。どうりで偉そうなわけだ。それにしても巫女が二人居るとどうなるんだ?
俊弥はアサミのことはさておいて、そんな事を考えていた。

「トシヤには」レイナがそんな俊弥の横で言葉を発した。
「大事な事は知っていて欲しいけん」レイナはそう言ってアサミの目を見た。
その言葉を聞いたアサミはそのまま黙り込んでしまった。


リムジンが王宮に着いた頃、さらに西の空は暗くなっていた。
あと3時間も持つのか?週末だって言うのに気が滅入るな。
部屋に篭って本でも読んでいるか。

俊弥はそんな風に軽い気持ちで構えていた。

ミムラさん」
クルマを降りるなりキャメイが俊弥に声をかけた。
「王宮内に居る男の方をすぐにかき集めてください。外出中の人は呼び戻して。嵐に備えて王宮の庭にあるものを全部屋内に入れて。それからシャッターを装備しているところは全部シャッターを下ろしてください。私も手伝いますから」
キャメイはそう言うと王宮の衛兵に向かって現地語でなにやら指示を始めた。

「さあ、やろう」アサミは俊弥の背中を叩いた。
「この王宮は建物が古いから、大きな嵐が来る時はそれなりの準備が必要なんだ」

アサミはそう言うと俊弥の手を引いて王宮の建物内に向かって歩き始めた。

レイナはそんな周りの様子を見ながら、西の空に広がる雲を不安げな表情で見つめていた。

「かなり大きいっちゃね」
レイナはポツリと漏らした。
それが単に雲を見ての感想なのか、さゆみんからのお告げなのかは、周りの人間には良くわからなかった。