FAREWELL


「わざわざ見送りに来んでもええのに」圭は一行を見回した。
「ほんとにお世話になりましたあ。特にレイナちゃん」裕子はそう言ってレイナを抱きしめた。

週末のレイナ国際空港は出国する人々、ほとんどが外国からの観光客で少しばかりの賑わいを見せていた。昼過ぎに出発する日本行きの便のチェックインが進んでいるところだ。

俊弥の母とおば、圭と裕子は当初の滞在日程、もともと3泊の予定を5泊に伸ばしてレイナ本島をあちこち見て回っていたが、それぞれの夫や家族を日本に置いていつまでも滞在するわけには行かなかった。

結局まる1週間近く滞在して、週末の飛行機で日本に戻ることになったのだ。

「1か月くらい滞在されるとよろしかったのに」キャメイがにこやかに微笑みながら圭と裕子に声をかけた。
「もう少し時間があれば周辺の島々をご案内さしあげることもできましたし、この国にことももっと良くわかって頂けましたのに」キャメイは本当に残念そうな口調でそう言い、小さな紙バッグを裕子に手渡した。
「これは?」
裕子は紙バッグを開いて中を見た。毛糸か何かを編んだ様なモノが2つ入っていた。
「これはレイナ王国に伝わるお守りの人形です。海獣さゆみんの化身を示しているという説もあるんですが、古くからこの国を守っている神様をかたどったものだと言われています」キャメイは人形の1つを手に取りながら説明した。
「これを見て、レイナ王国を思い出してください。いつでもまた遊びに来てください」
「そうっちゃ。レイナがまたあちこち案内するけんね」レイナは裕子の腕にしがみつくようにして、甘えた口調になった。
「本当にみなさん、ありがとうございます。俊弥が良い人たちに囲まれて生活しているのを知って安心しました。ぶっきらぼうで、あまり自分の気持ちを表に出さない男ですけど、根は悪い子じゃないんで、これからも面倒見てやってください」
圭はそう言って一同に頭を下げた。
「ほら、お前も頭下げるんだよ」圭はとなりに突っ立っていた息子の頭を無理矢理押し下げた。

その姿にどっと笑いが起こる。ミキティ、アサミが特に大笑いをしていた。

「いやー、でも本当に楽しかったわ。みなさんありがとうね」圭はそう言って、キャメイ、寺田、ミキティ、アサミとひとりひとり握手を交わし始めた。裕子もそれに続く。

俊弥はその様子をボーっと見ていたが、いつの間にかレイナが隣に立ち、俊弥の手を握っているのに気づいた。
「トシヤ、さみしい?」レイナは俊弥の右側に寄り添うように立ちながら、俊弥の顔を見上げて聞いた。
「さみしい?」
「だってお母さん帰ってしまうと」
「別に。日本に居た時だって、離れて暮らしてたからね」
俊弥は母の姿を見ながら、心の中ではそれでも少しは寂しいかなと考えていた。
「素直じゃなかね」
「はいはい、素直じゃないですよ」
「ホントはさびしいくせに」レイナはそう言いながら俊弥に背中を向け、もたれる様にして体を預けた。

やれやれ、ご機嫌は治ったかな?俊弥はほっとした思いでそんなレイナの様子を見た。

さゆみんが王宮に訪れ、俊弥の部屋を使うと宣言したあの夜から、なんとなく話をすることができなくなっていたのだ。結局、俊弥は部屋を明け渡し、同じ階の別の部屋に引っ越した。
さゆみんは俊弥が元使っていた部屋ともう一部屋、二部屋を占領し、専任の警備兵がさゆみんの居室を護衛するようになった。

「レイナちゃん」圭が最後にレイナの前に立った。
「俊弥のこと、よろしくお願いします」圭はそう言ってふかぶかと頭を下げた。
「ちょっと母さん、大げさだよ」俊弥は母の体を起こそうとしたが、圭はぴしゃりとその手をはねつけた。

「レイナ王国、王女としてご子息を責任持ってお預かりします」レイナはピンと背筋を伸ばし、先ほどまでの甘えた様子からは一転、凛とした声でそう宣言した。
圭はうやうやしくその手を取った。

「俊弥、ちょっと」圭は裕子が次にレイナにあいさつを始めると、息子の手をひっぱって、一行から少し離れた位置に移動した。

「あんたね、いくらレイナちゃんが親しくしてくれるからって調子に乗っちゃダメだよ」その話か、母さんは一体レイナの何を知っているんだろう?レイナに関する母の態度には少しばかり腑に落ちない点があった。
「わかってるよ。俺だって」
「あんたとあの子は別世界の人間なんだから。くれぐれも間違いの無い様に」
「間違いってなんだよ。心配しすぎだよ」俊弥は困った顔で母を見た。
「まあ、大丈夫だとは思うんだけどね。それからね、あんたがこの国に居る間は本当に一生懸命にレイナちゃんを助けてあげて」
俊弥は母の両肩に手をかけた。
「大丈夫。言われなくてもそのつもりだよ」

「トシヤー、お母様?」レイナが二人に声をかけた。
「ああ、ごめんなさいね。じゃあ、そろそろ私達は出国手続きに行くから。みなさん本当にありがとうございました」圭はそう言って再度ふかぶかと頭を下げた。
裕子も釣られてそれにならう。


「待って待ってー」空港のロビー内に女の子の声が響いた。
一行は一斉にその声の方を見た。
さゆみんが供の者を連れて慌てて走ってくる。今日はキャミの重ね着に短めのジーンズと先日とは一転してラフな姿である。
自らの小脇になにか箱らしきものを抱えている。

「トシヤさんのお母様、ちょっとお待ちなってください」
さゆみんは息を切らせながら、圭の前に立った。
途端にレイナの表情が少し険しくなり、警戒するようにさゆみんの方を注視した。レイナは俊弥の腕をギュッと掴んで離そうとしなかった。

「これをお持ちなってください」さゆみんは抱えていた箱を圭に差し出した。
「これは?」圭はけげんな顔をして箱を見る。
さゆみんは箱を開いて中身を見せた。
中には何か宝石をちりばめた様なネックレスが入っていた。
「え?」さすがに圭も驚いた表情でそのネックレスを覗き込んだ。
「ちょっと、これ高価なものじゃ?」
「王家に伝わる守護の品のひとつです」
「これを?」
「日本に持ち帰っていただきたいのです」さゆみんは真面目な顔で圭に答えた。
「ちょっと、ダメよ。こんなもの頂けないわ」
「では、預かってください」
「いや、無理」
「お願いします」さゆみんはそう言ってネックレスの入った箱を両手で差し出したまま、ふかぶかと頭を下げた。

「ちょっとさゆみん、お母様が困ってるっちゃ」レイナが我慢できずに口を開いた。
「レイナは黙ってて。これは王国として正式なおもてなしの証です。是非ともお持ち帰りになってください」さゆみんは真剣な目で圭を見つめた。

「母さん」俊弥は圭を見てうなづいた。
「そうね、きっと何か事情があるのよね。良くわからないけど、責任持ってあずからせて頂きます」
「これも持って行って下さい」さゆみんはほっとして、一通の封筒を圭に手渡した。
「これは?」
「日本で税関を通る時に必要になる書類です」
「なんだか良くわからないけど、わかったわ」圭はそう言ってさゆみんからの贈り物を受け取った。

圭と裕子は一行に何度目かわからない御礼を言い、出国審査場へと消えた。

寺田とミキティ、それにさゆみんとそのお供はすぐに帰って行ったが、俊弥は二人の乗る飛行機を見送るために空港に残った。
飛行機の離陸時刻まではまだ1時間くらいあるため、空港内のカフェで少し休憩することにした。
レイナとキャメイ、それにレイナの護衛として残ったアサミが俊弥と行動を共にした。

「あれ?スタバ?」俊弥は空港内にスターバックスが新規開店しているのを見つけた。
「スタバ、どこにでも出店してんな」
「レイナ、フラペチーノ、バナナの奴頼むっちゃ」レイナは喜び勇んで店に入っていった。

4人は店内の、空港内のエプロン区画が見える窓際のテーブルに座った。
窓からは、近くに駐機されている日の丸が翼に描かれたB777が見えた。圭と裕子が乗って日本に帰るはずの飛行機だ。

「大変!」
レイナが突如、大きな声を出した。
「レイナどうしました?」キャメイが笑顔を崩さずにレイナを問いただす。
「嵐が来るっちゃ」
「嵐?」キャメイがいぶかしそうな顔をする。「とりあえずお昼くらいにスコール程度は降るって予報でしたけど、嵐?」
「飛行機が飛べないのか?」俊弥は圭と裕子が乗る予定のB777の方を見た。
「飛行機は大丈夫っちゃ。嵐は多分今日の夜。とても大きい嵐が来ると」
「でも天気予報では」アサミは自分の携帯電話を取り出し、天気予報をチェックしていた。
さゆみんのお告げっちゃ」
レイナは真剣な顔でそう言った。
さゆみん?」
「えっと、あの生意気な王女じゃなくて、守り神の方。さゆみんからのお告げを感じたっちゃね」
「わかったわ」キャメイは少し険しい表情でそう言うと、どこかに電話をかけ始めた。