2nd PRINCESS

「で、何をもめてたの?」俊弥はレイナ、さゆみん、どちらへともなく聞いた。
「だから、さゆが」レイナが説明しようとしたが、それを遮ってさゆみんがすっと俊弥の前に立った。
「このお部屋はあなたがお使いになっているそうですね?」
「あ、ああ、そうだけど」
「このお部屋、私に譲ってくださらないかしら?」
さゆみんはそう言って真っ直ぐに俊弥を見た。

「ちょ、いきなりやってきて失礼っちゃ」レイナがさゆみんに抗議した。
「なぜ?」さゆみんは本当に意味がわからないという顔で肩をすくめた。
「ここは王宮の一部ですよ?王族であるさゆの希望が最優先されるべきでなくて?」

「あの」俊弥がなんともきまり悪そうに口を開いた。
「他に部屋があるなら、俺は別にかまわないけど。荷物もそんなに無いし、移動するのは簡単に」
「お部屋ならば、ここから3つ先が空き部屋になっております」不意に俊弥の視界内に初老の男が入り、そう言うのが聞こえた。
「あの?あなたは?」
さゆみん姫の後見人を務めております、ハターケと申します」男は深々と頭を下げた。
「俊弥が出て行く必要は無いっちゃ」レイナがむくれた顔で俊弥に詰め寄る。
「さゆには立派なお屋敷がちゃんとあって、そこに豪華なお部屋があるっちゃね」
「でもさゆはここに住みたいの」さゆみんがそう言うとレイナと無言での睨みあいになった。

「おやまあ、なんだか揉めてるわねえ」騒ぎを聞きつけて、俊弥には聞き覚えのある声が部屋に入ってきた。
「母さん」
俊弥は声の方を振り返り、母親の圭を見た。
部屋に入ろうとする圭を押しとどめて、俊弥は自分も部屋の外に出た。
「なんだいなんだい、入れてくれたっていいじゃないか」

「これ以上ややこしくしないでくれ」
「あたしゃ何もしないさ。それよりなんだいあの子は?」圭は部屋を覗き込みながらさゆみんの方を指差した。
「お姫様だってさ」
俊弥は疲れた顔で廊下の壁にもたれかかった。
「お姫様?レイナちゃん以外の?ふーん」
圭はまるで他人事の様子で部屋の中を入り口から覗き込んでいた。
「あれ?裕子おばちゃんは?」
「ああ、昼間、レイナちゃんにあちこち案内されて疲れたみたいね。シャワー浴びたらそのまま寝てるわ」

圭は俊弥のとなりで同じ様に壁にもたれると俊弥に向かってささやいた。
「あの二人、血を見る前にこの場をおさめた方がいいわよ」そう言って圭は俊弥の背中を押し、部屋に押し込んだ。

再び部屋に入ってきた俊弥をレイナとさゆみんがじっと見つめた。

「えっと」俊弥は二人の無言の圧力に気圧されながら言葉を発した。
「俺、部屋を変えるから」
その言葉を聞いた瞬間、さゆみんの顔をパッと明るくなった。
対照的にレイナのほうはむーっという顔で俊弥を睨む。
「トシヤさん、ありがとうございます。では私の臣下の者に早速お引越しの手伝いをさせますわね」
さゆみんはそう言うとすたすたと部屋を出て行った。

「ちょっとトシヤ!!なんでさゆの言うことなんか聞くっちゃ」
レイナが俊弥に噛み付く。
「だって、お姫様なんだろ?」
「レイナだってお姫様やけん」
「それはそうだけど」
「もう知らんけん」レイナはそう言って部屋を立ち去った。

5分もしないうちに近衛兵の制服を着た男達が俊弥の部屋に入り、がやがやと荷物の移動を始めた。荷物といっても服の入った箱が2個ほどと、パソコンや小物が入ったキャスター付のテーブルがある程度でたいして運ぶものも無かった。

俊弥がこの国に来てから、ほとんど必要最低限のものしか買っていないためである。

ここに来てから毎週末のように色々なことが起こるため、のんびりと買い物することもあまり無かったのである。

「レイナちゃん怒っちゃったわねえ」圭は面白そうに笑った。
「なんだよ、母さんも趣味悪いな」
「レイナちゃん可愛いもんねー。嫌われちゃったらショックだわねー」
なんだろう?俊弥は母の態度に違和感を覚えた。
あまりこんな風に息子をからかう人でも無かったのだが?

「何をやってるんだ?」
またもや聞き覚えのある声が俊弥の注意を引いた。
声の主を見ると、ミキティである。
ミキティ、何しに?」
「アサミに届けるものがあって寄っただけだ。別にお前に会いに来たわけではない」
ミキティは怒った様に言い放つ。
なんだって俺は女の子に怒られまくらなきゃいけないんだ?俊弥はそんな風に思ったが、なるべく顔には出さない様にした。

「まあ、引越しだよ。さゆみん姫がこの部屋を使うらしくて」
俊弥は説明した。
「さゆが?」ミキティは思わず俊弥に詰め寄った。
「ちょっと」
「すまん、なんでもない」ミキティは今度は素直な調子で詫びた。
「そうか、さゆが…」
「あの、ミキティ?」
俊弥は声をひそめる様にしてミキティにささやいた。
さゆみん姫って…」
ミキティもまた廊下の壁にもたれ天井を仰ぎ見た。
それから大きく息を吐き出し、ぼそりと言った。
「レイナ王国第二王女さゆみん。レイナの従姉妹にあたる。そして…」
ミキティは俊弥の耳元に唇を近づけて囁いた。
「もうひとりのさゆみんの巫女だ」


「おやおや」圭の声を聞いて俊弥は母親の存在を思い出した。
「あたしはお邪魔かな?俊弥?」

「お母様」ミキティも初めて圭の存在に気づいた様に声を上げた。
ミキティさん、昨日はどうもありがとう」圭はミキティを見てにっこりと笑った。
「本当にこの子は幸せもんだわ。可愛い娘さんたちに囲まれて」
圭はそう言って自分の部屋へと戻っていった。