SAYU INVADING

「つまり、お前は子供の頃のレイナに日本で会ったってことか?」ミキティは目の前に座る俊弥の瞳をじっと見つめた。
「俺のつたない記憶を信じるなら。あの子は…」
「なんだ?」
「あの時はレナと名乗っていた。まだ自分の名前がちゃんと言えなかったのか、こっちが勝手に聞き間違えたのか…でもね」
俊弥はミキティから目を逸らし窓の外に広がる光景を見つめる。
「仮にあの子が小さい頃のレイナだったとして、今俺がここに居る理由はなんだろうね?レイナは俺のことを覚えているのかね?」
ミキティはその言葉を聞いてから、ひとりで目をつぶり何事かを考えていた。
俊弥はじっとミキティの言葉を待った。
キャメイは」ミキティが口を開いた。
「あいつは無意味に男をレイナに近づけたりはしない。もし本当にお前が子供の頃のレイナに会っているなら、あいつは確実にそれを知っているし、お前をこの国に呼んだのにも何かわけがあるんだろうな」
そこまで言い終わった時、携帯電話の着信音がどこかで鳴り響いた。
俊弥は反射的に自分の胸ポケットに手をやったが、自分のでは無かった。
ミキティが持っていたバッグから自分の携帯電話を取り出し、応答する。
静かに相手の声を聴いていたミキティの表情が少し険しくなった。
ミキティは一言二言言葉を返すと、すぐに電話を切った。
「すまない、急な用事が出来た。続きはまたにしよう」
「何か問題でも?」俊弥は尋ねた。
さゆみんが来る」
「?」
ミキティは立ち上がると座ったままの俊弥の前に立ち、俊弥の両肩に手を置いた。
「悪い、また今度」
ミキティは俊弥の耳元まで自分の唇を寄せ、そう囁いた。
ミキティは俊弥に答える暇を与えず、つかつかと歩き去った。




ピンク色のリムジンが王宮の駐車場に入ってきた。
王宮警備の兵士たちは、そのリムジンから降り立った人物を見て緊張感を募らせた。

やや背の高いその女の子は年齢に似合わない威圧感を周りに振りまいていた。
当日の警備担当の中で一番の上長にあたる男が慌てて女の子の前に駆けつけた。

「ようこそいらっしゃいました、さゆみん姫」その兵士はさゆみんの前で敬礼をして見せた。
「ご苦労様、あなたお名前は?」さゆみんは威圧感を一切崩さず、兵士の顔をチラリと一瞥してから尋ねた。
「ザックス曹長です」兵士は緊張気味に答える。

曹長さゆみんは今度はしっかりと相手の目を見つめた。
「王宮内を案内して頂けるかしら?」
「は!喜んでご案内させて頂きます」
曹長は緊張した面持ちできびすを返し、歩き始めた。




夕方、といってもまだ日は高かったが、俊弥は早めに仕事を片付けて王宮に戻ってきた。
というより、寺田に帰されたのだが。
車を自分の駐車スペースに止め、宿舎へと入ったとたんに女の子の大きな声が響いてきた。

「ちょっと、さゆ、勝手なことをするんじゃないっちゃ」
「なんでよ、さゆはここが気に入ったの。ここにするの」
「さゆは自分の家がちゃんとあるけん、そっちにすまんね」
「あそこつまんないもん。あたしもレイナと同じところに住む」
「だったら、他の部屋にするっちゃ。ここは」

一人は明らかにレイナの声。もう一人は?それに自分の部屋の方から響いている。
俊弥が部屋の前に到着すると、部屋の外には王宮の護衛の兵士達が緊張した顔で立ちすくんでいた。俊弥はその中に知った顔を見つけた。

「アサミ!」
俊弥はドアの横で待機するアサミに声をかける。
「アサミ、これ一体?」
「ああ、お前か?それがその」アサミは困った顔をする。
「なんだよ?」
「姫が帰ってきて」
「レイナ?」
「違う、さゆみん姫だ」
さゆみん姫?」
アサミは部屋の中をのぞこうとする俊弥の腕を掴んで自分の隣に立たせた。
「レイナ姫の次に王位継承権を持つ、わが国の姫君の一人だ。アメリカに留学されていたのだが、本日帰国された。それでここに住みたいと。本来は第二王宮にお住まいになる方なのだが」
「ここって…」俊弥は頭を書きながら自分の部屋のドアを指差した。「ここ?」
アサミはこっくりとうなずいた。

「もう、わけわかんねえよ」俊弥はアサミの腕を振り解いて、自分の部屋の中に入った。
「レイナ!」
その声に部屋の中に居たレイナが振り向いた。そして見知らぬ女の子がもう一人。

「トシヤ!帰って来たと?」
「トシヤ?ではこの方が」もう一人の少女が目を輝かせて俊弥の方を見た。

「あなたがレイナお気に入りの男の方ですね?」
なんだそれは?俊弥はその物言いに少しむっとした。
「別にお気に入りとかそういうことは」
「あら?そのように聞いておりますわよ」少女は丁寧な言葉遣い、そして驚くほどに流暢な日本語で話した。何もかも都合がいいな、ここは、俊弥はそう思いながら少女の顔を見た。

「私、この国の第二王女、プリンセスさゆみんと申します。以後、お見知りおきを」
さゆみんはそう言って、にっこりと微笑みかけた。