SAYU RETURNS

「あ!」レイナが不意に後ろを振り返った。
海の方向を見ると旅客機が一機、低い高度を飛んでいる。
多分レイナ国際空港への到着機だろう。
レイナは無言で飛んでいる飛行機を目で追った。

「レイナちゃん、どうしたん?」裕子が不思議そうに聞く。
レイナはその声に反応せずに飛行機を見たままだ。
「レイナちゃん?」圭も声をかける。
その声にレイナはやっと反応して二人の方を見た。
「あ、ごめんなさい。ちょっと変な感じがしたけん」
「変な感じ?」
「うん、あの、ちょっとレイナの知り合いが近くに居た様な…、ううん、なんでもなか」
レイナは頭を大きく振った。
「で、圭ちゃん、さっきの話やけど」裕子が話を戻そうとする。
「そうね」圭はじっとレイナの顔を見つめた。
「あたしはもう10年くらい前に日本でレイナちゃんに会ったことがあるわ。多分レイナちゃんは俊弥のことしか覚えてないのね?」
「それは」レイナは不安げな表情をした。
「多分あなたは俊弥がこの島に初めて来た時から、俊弥のことを知っていた。そうでしょ?」
圭の問い掛けにレイナはこくりと頷いた。
「それどういうことなん?」裕子がどちらにとも無く聞いた。

「10年と少し前、俊弥が突然小さな女の子を家に連れてきたの。遊園地で迷子の女の子を拾ったって。当時付き合ってた彼女と遊びに行った日にね」
「拾ったって?」
「びっくりしたわよ」圭は当時を思い出す様に瞳を閉じた。そしてゆっくりと開く。
「遊園地の迷子センターに預けたんだけど、親御さんが見つからなくて、次に警察に届けて。それで警察に預けるのはかわいそうだって、許可を貰って預かってきたんだって」
レイナは黙ってその話を聞いている。
「それでどうなったの?」裕子が続きを促した。
「3日間預かったわ。まだ俊弥も学生だったし、あの子結局3日間学校休んで、ずっと女の子の面倒見てて。というより、女の子が俊弥から離れないから仕方なく、ね」圭は当時のことを思い出したのか、くすくすと笑った。

「3日後、警察と親御さんの代理という方がやってきて、女の子を返したわ。親御さんはどうしても事情があって迎えにこれないからって。その代理の人のことは警察が保証すると言っていたし、あの時、俊弥はずいぶん反対したんだけど、結局返すことになって」
「反対?」レイナが聞く。
「ちゃんと本当の親が直接引き取りに来るまでレナは返さないって」
「レナ?」と裕子。
「その女の子本人がそう名乗っていたの。でも今考えると、ちゃんと自分の名前をはっきり発音できてなかったのね。ね?レイナちゃん」圭はそう言ってレイナの瞳を凝視した。
レイナは再度こっくりと頷いた。
「その時の女の子がレイナちゃん?」裕子もまたレイナの顔を見つめた。
「あの子が…、俊弥がこの島に来たこと自体は偶然だったのか、そうでなかったのか、私にはわからないけど、あの子がこの島に来てから受けている待遇、例えば大事なお姫様のそばにいられるのは、その時のことが多少は関係しているんじゃない?」
「はい」レイナは今度は言葉に出して肯定した。
「トシヤのことはずっと覚えてたけん」





さんご礁を見下ろしながら、飛行機は低高度を滑走路に向かってアプローチしていた。
もう手が届くくらいに思える距離に海面が見える。
海面上に突き出した、誘導灯の上をかすめるように飛んで、機体は滑走路のセンターラインに見事に前車輪を乗せて着陸した。

滑走路を離れ、誘導路を通り、飛行機はターミナルビルの前に停止した。
ボーディングブリッジが接続され、ドアが開く。

アサイドに置かれた大きな荷物を抱えて、さゆみんと名乗る少女が飛行機を降りた。
ボーディングブリッジの先端部で控えていた黒服の男達、この暑い熱帯の島で、律儀に黒いスーツを着込んでいる、が素早く荷物を受け取り、ボーディングブリッジの横の扉を開けた。その扉をくぐると、ボーディングブリッジの外に出てすぐ下に降りる金属製の階段がある。さゆみんを先頭にして、男達がその後に続いた。

下には大きなリムジンが待っていた。飛行機を降りてきた他の乗客の何人かがボーディングブリッジの小さな窓から見えるそのリムジンに気づき、興味本位で見つめていた。

おそらくベンツをベースにしたであろうそのリムジンはピンク色でペイントされていた。さゆみんはリムジンの前に立った。白髪、白髭の初老の紳士がさゆみんに向かってうやうやしくおじぎをした。

「これはさゆみん姫、お元気な様子でうれしゅうございます。よくぞ王国に戻られました」そう言って、紳士はリムジンのドアを開けた。
「じいも元気そうで何よりです。さあ、一緒に乗りましょう」さゆみんはそう言ってリムジンに乗り込み、中から手招きした。老紳士は少し逡巡したが、さゆみんの言葉に従った。

他の男がリムジンのトランクを開け、さゆみんの荷物を載せる。

別の黒い車に男達は乗り込み、その車がピンクのリムジンを先導して飛行機を離れていった。

「入国審査とか受けなくても大丈夫?」窓の外で小さくなっていく飛行機を名残惜しそうに見つめながら、さゆみんが尋ねた。

「問題ございません。関係各所には姫のご帰還を通達済み。全ての手続きは姫の手をわずわせるのことなく完了する様になっております」
「そっか」さゆみんは黒い大きな瞳でじいを見つめた。
「ところでレイナの様子は?最近変わったことはなくて?」
その言葉にじいの顔色が少し変わった。
「何?」
「レイナ姫ですが…最近立て続けにぶっそうな事件が起こっておりまして」
「まあ、それでレイナは無事なの?アサミやミキティは一体何をやっているの?」
「いえいえ」じいは両手を何度かクロスさせるようにおおげさに振った。
「レイナ姫に大事はございません。ただ最近、キャメイ様のセクションで日本人の技術者の方を一人招聘されまして。レイナ姫はずいぶんとその方に肩入れされていると王宮関係者の間ではもっぱら評判になっておりますが」
その話にさゆみんはふーんという顔をした。
「それで、キャメイは何も言ってないの?」
「はい。むしろキャメイ様は積極的にその技術者の方をレイナ姫に近づけている様にさえ」
「その技術者ってもちろん男よね?王宮の宿舎に住んでいるの?」
「そのとおりでございます」
さゆみんはうーんと伸びをして、縦に長いリムジンのソファーシートに横になった。
さゆみんは走るリムジンの中で天井をしばらく見つめていた。

「決めた!」
じいは何を?という顔をしたが、静かにさゆみんの言葉を待った。
「あたしも王宮に住むわ」