MEMORIES

「なんか昨日は結局わけわかんなくなっちまったな」ミキティエスプレッソに少し口をつけ、すぐに苦そうな顔をしてテーブルに置いた。
俊弥とミキティ経済産業省ビルの高層階にある見晴らしの良いカフェで窓際のテーブルに座っていた。
昼休みまで1時間ほどあるため、カフェの中の客はまばらだ。

「昨日は」
ミキティは俊弥を睨む様に見つめ、話を続けた。
「あたしがれいなの事を色々と話した」
今日はいつもどおりだな。俊弥はミキティが昨日と違って、いつもの高圧的な軍人の態度に戻っているのを、不思議な感覚で見ていた。
この国に来て出会った女の子はみんな良くわからない子ばかりだ。
「今日はお前の番だ」ミキティはそう言って俊弥を指さした。

「俺の番?」
「そうだ」
俊弥はうーんと唸り、真正面のミキティから目を逸らして外を見た。
外は快晴で、近くの海岸線から紺碧の海が広がるのが良く見える。ガラスに映る自分の顔とその先に見える南国の景色。俺の一体を何を?
「レイナはなぜお前にあそこまで心を許す。それにキャメイ。あいつは用心深い女だ。見かけは可愛らしいかもしれんが、昨日今日ここに来たばかりの外国人を自国の姫の近くに張り付けたりはしない。なのに」
キャメイが用心深い?そうかもしれない。確かにあの子には同じ年頃の子の天真爛漫さが無い。いや、日本じゃ17,18歳なんてずいぶんすれてはいるが、あの子の場合…
悪い子じゃない。多分。でも…
俊弥はミキティの言葉を頭の中で反芻した。

「おい」ミキティのイラついた様な声が俊弥を我に返した。俊弥はミキティの方に視線を戻す。
「お前は一体何者だ?なぜこの国に来た?」

「前の仕事に疲れてね」俊弥は少し顔をしかめながら言葉を発した。
「半年くらいプータローしてたわけ」
「プータロー?」ミキティが不思議な顔をする。
「つまり無職。会社を辞めて、仕事してなかったの。半年間」
ミキティはああという顔した。
「それで家にこもってネットサーフィンしてたら、この国のホームページを見つけて…、なんかコンピュータ関係の技術者募集してるって言うから、応募してみたわけ」
ミキティはじっと俊弥の目を見る。
「本当にそれだけか?」
「ああ」
俊弥はコーヒーのカップを持ち上げ、黒い液体を胃袋に流し込んだ。
「全く自分でも信じられないけどね。最初は騙されてるんじゃないかと思ったし」
いや、今でも騙されているのかもしれない。俊弥の脳裏にふとそんな思いがよぎった。

「なあ?」俊弥が口を開く。
「なんだ?」
「レイナは昔日本に来たことがあるんだよな?」
「小さい頃、日本に長く滞在、というよりほぼ住んでいたと言っていい時期があるよ」ミキティが答える。
「そうか」俊弥はまたミキティから視線を逸らし、外の風景を見る。
「なにか?」
「夢を見た」俊弥は外を見たまま答える。
「夢?」
「いつだったかわからない。多分10年は前。日本の遊園地で小さな迷子の女の子を保護したことがある」
「何を言っている?」ミキティの表情が少し険しくなる。
「おい!」
俊弥はゆっくりと視線をミキティに戻した。
「その時の夢を見た。その女の子はレイナに似ていた。とても」
「10年も前の話だろう?そんなにちゃんとその子の顔を覚えているのか?」
「わからんよ、でも」俊弥がまた窓の外を見た。

海上を一機の旅客機が低い高度で飛んでいた。レイナ国際空港にアプローチしているのだろう。
俊弥の頭の中では、今朝方見た夢と、初めてここに来た時、機内から見た風景と、色々な思い出が錯綜していた。




「あの、お客様」海上を飛ぶ旅客機のビジネスクラスのコンパートメントで、キャビンアテンダントが一人の乗客に声をかけた。
リクライニングシートを目一杯倒し、アイマスクをかけて眠っていたその乗客は、アイマスクを取ると、眠そうにごしごしと目をこすった。
「もうすぐ最終着陸態勢に入ります。お座席の背もたれを元の位置に戻して頂けないでしょうか?」キャビンアテンダントはそう言って深々と頭を下げた。
「うーん」その乗客は伸びをすると、バッと体を起こし、さらにシートを元に戻した。
「もう着くの?」そう聞いたその乗客はまだ17,8くらいの少女だった。くりくりした瞳に全体的にぽっちゃりした感じ。色白のその女の子は窓の外を凝視した。
「ああ、レイナ島だ、懐かしいなあ」
「あの、お客様」再度、キャビンアテンダントが声をかける。
「何?」大きな瞳を輝かせて、少女が反応する。
「シートベルトもお締めください」
「ああ」少女は慌ててカチャカチャとベルトを締める。
「ごめんなさいね。それにしてもひさしぶりだなあ」少女の目は再び窓の外に向く。
「前にもいらしたことがあるんですか?」キャビンアテンダントはにこやかに尋ねた。
少女はニコリと笑う。
「さゆはねえ、ここで生まれたの」
「あら、そうでしたか」
「さゆはねえ、レイナに会うために戻ってきたの。2年間留学してたんだけど」
さゆと名乗る少女はうれしそうに語る。
「じゃあ、ひさしぶりのふるさとなんですね?」
「はい」
「では、お家に戻られましたら、ごゆっくりなさって下さい」キャビンアテンダントはそう言い置いて、乗員用のジャンプシートの方に歩き去った。

「レイナ元気かなー?それからキャメも。さゆみんが帰って来たよー」
機体は着陸に向けて最終旋回に入った。窓の下に紺碧の海が広がる。

「なんか楽しい事ありそう」少女は機体の高度が下がるに連れて、ワクワク感を高めていった。