LONG TIME NO SEE

「へえ、これはまた東洋風だわね」圭は目の前の大きな門を見て感嘆していた。
たしか香港に旅行した時、これと似たような寺院を見たことがある。これは仏教寺院なのだろうか?
「このお寺はさゆみんを祭る、この国の伝統的な宗教のお寺っちゃね」レイナはそんな圭の心を読み取ったかのように説明する。
「200年くらい前にできたそうですけど」
「意外と新しいんだね」裕子はその門をぺたぺたと手で触ったりしながら、板の割れ目から中を覗いたりしている。
「あんたねえ、いい歳してみっともないことしないの」圭がたしなめるが、裕子はどこ吹く風だ。
「あ」レイナが何かに気づいて、二人を手招きする。
「かき氷屋さん」
「かき氷屋さん?」裕子が不思議そうな顔でレイナが見ている方向を探す。確かに何かの屋台らしきものが出ていて、小さな子供たちが集まっている。

「ちょっと食べてみます?」レイナはそう言うと二人を連れてその屋台へと進んだ。少し遅れてアサミと他に3人の衛兵がついて行く。

「えーっと、どれにします?イチゴ、メロン、ミルク、パイナップル、あずきとかもありますよ?」レイナは意図的にか、今日は標準語に近い言葉を使う様に心がけている様だった。それでも時々特有のなまりが出る。
「へええ、日本のかき氷屋さんとそっくりねえ。じゃあ、私はメロン」
「私はあずきを」
圭と裕子のリクエストを聞いたレイナは地元の言葉で、屋台のおじさんに話しかけた。さらに集まっている子供達とも言葉を交わしている。
レイナが発した言葉に子供達からわっと歓声が上がった。子供達がわれ先にとおじさんに向かって何か言葉を発している。どうやらレイナが子供達に氷を買ってあげると言ったのだろう。
「はい、どうぞ」レイナがおじさんから氷を受け取ると、圭と裕子に渡した。自分は財布からお札を出しておじさんに渡す。
「ああ、ちょっと待って、あたし払うから」圭が慌てて言ったが、レイナはそれを押し留めた。
子供達も次々に氷を受け取り、最後にレイナがイチゴシロップのたっぷりかかった氷を受け取ると全員で近くのベンチへと移動した。
木に囲まれた古い寺院の中庭にはちょうど良い日陰ができていて、暑さに適度にしのぎながら、氷を楽しむことができた。

「アサミ、アサミたちも欲しければ買ってくるっちゃよ」レイナが少し離れているアサミに声をかけたが、アサミは首を横に振った。
「相変わらずアサミは固いなあ」レイナは苦笑した。
「あの子は?」圭はアサミの方を見た。
「えっと、あたしのボデイガード役なんです。親戚のお姉さんなんですけどね」
「やっぱりお姫様なのねえ」圭はそう言ってレイナの顔を見つめた。
「どうかしましたか?」圭、裕子が座るベンチの隣のベンチで子供達に囲まれながら、レイナは聞いた。レイナは子供達と氷の交換したりしている。
「なんか、お姫様にこんな風に観光案内してもらって、いいのかな?って」
「確かにそうよねえ。ほんまにお世話になってます」裕子がペコリと頭を下げる。

「そういえばレイナ姫、学校とかは?」圭が聞く。
「サボり」レイナはぺろっと舌を出した。
ほんとに可愛い子だわね。圭はそんなレイナを見て、ふと息子のことを思い出した。俊弥のバカたれがこんな子のそばに居たらすぐにおちるわね。おかしな事にならなければいいんだけど…
「どうかしたん?」裕子が圭をひじでつついた。
「ああ、なんでも無いよ」
「レイナ姫じゃなくてレイナでいいですよ?お母様」
「でもねえ、なかなかお姫様を呼びすてにはできへんで」裕子が言う。
「レイナちゃんくらいかな」圭が笑った。

「じゃあ、レイナちゃんで」レイナも笑う。
ときおり、子供達がレイナに何事か話しかけ、レイナも圭と裕子が聞いたことのない言葉でこれに返す。
この子供達は…圭はその光景を不思議に思った。
「ねえ、この子たち、レイナちゃんがお姫様って知ってるのかしら?」
「え?」子供と話していたレイナが圭を方を向く。
「えーっと、多分知ってると思うっちゃけど」不意に口を開くと博多弁らしきなまりが口をついて出てくる。
レイナはまた何事か子供達に言う。7,8人居た子供たちの半分が手を挙げた。そして、
「レイナ、レイナ」と呼ぶ。
「うーん、半分くらいみたいですね。知ってるの」レイナが少し顔を赤くしながら答えた。
あら可愛い。圭はそんな風にレイナの様子を見て思った。
あのおちびちゃんがねえ。お姫様か。
「ここらへんの子供達は、そんなに裕福ってわけでは無いんです」レイナが子供達について説明を始めた。
「この国は特にこの10年くらいで豊かになって、お金を持ってる人は多いけど。乗り遅れた人たちもいて」
レイナは少しため息をついた。
「お給料の良い仕事はあるんです。そのための職業訓練施設とかもあって、無料で入れるっちゃけど」レイナはさらに下を向いてため息。
「けど?」裕子が続きを促す。
「昔ながらの漁師とか、民芸品作りとか、そんな仕事を好んだり、学校みたいなところに行きたがらない人も多く居て。だからこの子達もいつでもかき氷とか食べられるわけじゃないんです。そんなに高いわけでも無いのに。ホントは他人が買ってあげたりしたら駄目やけん、でも」

「やさしいね、レイナちゃんは」圭はやわらかい眼差しでレイナを見た。
「それに、ずいぶん大きく、いや、ちっちゃいか」圭は笑う。
「圭ちゃん何ゆうてんの?」後の言葉を聞いて裕子がいぶかる。そんな裕子のことは気にとめず、圭は言葉を続けた。
「ほんとに可愛くて、いい女の子になったわね、レイナちゃん」

レイナはその言葉を聞いて驚きの表情を見せた。
「お母様?」
圭はさらに続ける。
「10年ぶりだものね、覚えてないか」
「圭ちゃん、あんたレイナちゃんに逢ったことあるの?」
裕子もまた驚きの表情をしていた。