SECRET

コンコン!
キャメイの執務室のドアを叩く音。
キャメイは気づかずにデスク上のパソコンの画面を見入っていた。午前10時。いつ通り自分のオフィスに入って1時間ほど経った後の事だ。今日は珍しく一切の会議が入っておらず、紅茶を飲みながらのんびりと溜まっていた雑務を片付けようとしていた。
コンコン!
今度はもう少し強く響く音。

「どうぞー」やや気の抜けた声でキャメイが反応する。
「おじゃま」そう言って入ってきたのは寺田だった。

「あら」キャメイは寺田を見てにっこりと笑った。「どうしたんですか?」
「ちょっと聞きたいことがあってな」
「とりあえずそちらに」キャメイは部屋の応接セットの方を指差した。
「仕事中、邪魔してすまんな」寺田は言葉とは裏腹に慣れた様子で、どっかりとソファに座り込んだ。
「何かお飲みになります?」キャメイは立ち上がると、応接セットのそばに置いてあるティーポットを持ち上げて見せた。
「いや、ええよ」寺田はここに入ってきてからニコリとも笑わない。
彼を怒らせる様なことをした覚えは無いが。キャメイは寺田の態度に少し警戒心を抱いた。
「それで今日の御用は?」キャメイは立ったままで寺田に訊ねた。
寺田はキャメイに向かって座れよという感じで手で合図してからしゃべり始めた。
「三村はんのことや」
そう言って寺田はキャメイの瞳を探る様に見つめた。
キャメイはにこやかな表情を崩さずに、寺田の目の前に座った。
キャメイさんが、三村はんを特別扱いする理由が知りたくてな」
「特別扱い?」
「そうや。いくらこの国の政府が外国人にオープンやゆうても、この国に来たばかりの普通の外国人技術者をなんであんなにお姫さんに近づけるのか?おそらくは当の本人も理由がわからなくて戸惑ってるやろうけど」
「よくわかりませんね」キャメイは寺田の視線に外さずにまっすぐに見つめ返しながら答えた。
「たまたまレイナがミムラさんをちょっと気に入っただけですよ。レイナは一人っ子ですから、お兄さんみたいな人が欲しかっただけじゃないでしょうか?それにどうしてテラダさんがそれを気にするんですか?」
寺田は厳しい表情のままで睨みつける様にキャメイを見た。
「三村はんは俺の部下や。俺は彼に対する責任がある。三村はんがこの国に来てから、普通の日本人にはまずありえへんような非日常的な事件が起きた。彼にしてみれば、まあ、ちょっとした映画のヒーローにでもなったような気分やろな。お姫様と仲良くなって、そのお姫様を助けて」そこで寺田は一呼吸おいた。
「せやけどな、俺らは単なるコンピューター技術者や。映画に出てくるかっこいいヒーローとは違う。三村はんが今度同じ様な事件に巻き込まれても、無事でいられる保障はどこにも無い。本人も理屈ではわかってるやろ。けどな、可愛いお姫さんに頼られれば、つい現実を忘れて無理をしてしまう可能性もある。俺にはどうにも信じられへんのや。一介の技術者が、外国に来て、その国の王女とあんだけ仲良くなるなんてな。そもそもレイナ姫のセキュリティを考えれば、あんたらがそれを許してるのも変や」
ミムラさんがこの国に来る前に…」キャメイが口を開いた。
「当然、徹底的な身元調査を行いました。王族と同じ王宮に住んでいただくわけですから、過去の経歴、思想、家族、友人関係、あらゆることを。寺田さん、あなたの時も同じだったはずです。そしてミムラさんには問題無いことを確認しています」
「それは単にこの国で働く普通の技術者としてやろ。まだ若い女の子である、お姫さんに近づける男としてやないな。そもそも、お姫さんはあー見えても本当は王女としての教育をきっちり受け取るんやないか?そのお姫さんが他所の国から来た男にあんなに簡単に心を開くはちょっと怪しいがな」
「さあ?」キャメイは相変わらずにこやかに微笑んだままである。「レイナの考える事は私にも良くわかりませんから。そんなに深くは考えてないと思いますよ?」
「もしも」キャメイは続けた。
「もしもなんや?」
「テラダさんが、ミムラさんを使いたく無いとおっしゃるなら、ミムラさんには別のところで働いて頂くことも考えますが?」
「あのな」寺田の視線がさらに厳しくなった。
「三村はんにうちで働いてもらうのは大歓迎や。まだ短い時間やけど、三村はんが優秀な技術者なことはわかっとる。俺が頼みたいのは、うちの技術者を変なことに巻き込まんで欲しいゆうことだけや」
その言葉に、キャメイはにこやかに笑うだけだった。



「ちょっといいか?」聞き覚えのある声に俊弥は振り向いた。昨夜のどんちゃん騒ぎから明けて、俊弥は普通に職場に出勤していた。母と叔母の二人は今日は勝手に観光すると言っていた。少し気にはなったが、昨日午後も休んだし、ここのところガタガタとしてしていたから、まともに仕事をしておきたかった。
俊弥が振り返った先にはミキティが居た。

ミキティ」今日はカーキ色の軍の制服に身を包んでいる。
そのせいか、周りの技術者達も何事という感じで俊弥達を見ていた。
「2日続けて仕事の邪魔して悪いが、少し話がしたい」
俊弥は少し躊躇したが、自分の席を立ち上がった。
「じゃあ、上のカフェがあるから」
そう言うと、ミキティをいざなってオフィスを出ようとした。

「お、なんや、ミキティさんやんか」オフィスの出入り口で、どこかから帰って来た寺田とばったり会った。寺田をミキティを、それから一緒にいた俊弥を順番に見た。
「ちょっとミムラを借りるぞ」ミキティはそう言い放った。
「相変わらず三村はん、もてもてやな」
「すいません」俊弥は本当に申し訳無さそうに頭を下げた。
「冗談やで。まあ、ミキティさんに呼ばれたんじゃ断れんやろ」
寺田はそう言って、俊弥の肩を叩いた。
「せっかくおふくろさん来とるんやから、1日くらい休めばええのに」
「あの二人は大丈夫ですよ。ほっといても適当に遊んでいるでしょう」
俊弥は肩をすくめながらそう答えた。
ミムラのお母様とおば様ならレイナが観光案内しているよ」ミキティがどちらにともなく言った。
「レイナが?」
「ああ」
「レイナも昼間は学校あるんじゃ?」
「さぼるってさ」ミキティが何かを思い出す様に笑いながら言った。
「大丈夫かな」俊弥は不安げな顔をしている。
「なぜ?」ミキティが聞く。
「いや、これといって理由は無いけど」
二人は寺田にまた後で告げると、カフェに向かって歩き始めた。