MIDNIGHT DREAM


「母さん、入るよ」圭と裕子の部屋の外から俊弥が声をかけた。
パーティはカラオケ大会に突入し、頃合を見て抜け出してきたのだ。
キャメイやレイナも食堂を抜け出し、レイナの部屋に行ってしまった。今日はキャメイがレイナの部屋に泊まっていくらしい。
「ああ、お入り」
「これ、ドライヤー」俊弥はドアを開けて中には入らずに自分の部屋から持ってきたドライヤーだけを腕で差し入れた。

「勝手に抜け出してきてよかったんかいな」裕子がドライヤーを受け取りながら俊弥に聞いた。
「最後まで付き合ってたら多分朝になるよ」確か先週は水曜日の夜にカラオケ大会が始まり、結局明け方まで付き合わされた。翌朝みんなボロボロになって出勤だった。俊弥は思い出し笑いをしながら答えた。
「俺、明日仕事だから」
「あーいいよいいよ、勝手に観光してくるから」圭がOKOKという感じでぶんぶんと手を振る。
「それより、あんたね」圭が急に真顔になる。
「何?」
「あの子、レイナちゃん」
「レイナが?」
「あんま調子に乗っちゃだめだよ。あの子はお姫様なんだから。くれぐれも変なことしないようにね」
俊弥は部屋の入り口にもたれかかったままで、天井を見上げた。
「別に心配ないよ」
「なら、いいけど」
「おやすみ、母さん、裕子おばちゃん」
俊弥は二人を残して自分の部屋に戻った。



部屋に戻ると、俊弥は歯だけを磨き、そのままベッドにもぐりこんだ。
シャワーは明日でいいだろう。
それにしても…
母さんは何を…
本気で俺がレイナに何かするとでも?それとも…
なんだろう?母さんは何かこの国について知ってるんだろうか?
何がというわけでは無いが、なんとなく母の態度に気になるところがあった。



そういえば…


まだ学生の頃、当時の彼女と遊園地に遊びに行った時…
不意に俊弥は何かを思い出した。

あの日は確か天気が良くてたくさんの来園客で場内がごったがえしていた。
乗り物を待つ長い行列。


30分以上並んで(これでも待ち時間は短い方なのだが)、暗闇を突き進む屋内コースターに乗り、彼女と二人で笑いながら建物を出た。
あの時…

俊弥の服を後ろから掴む手。
俊弥が前に進もうとするのを後ろから引っ張っている。
最初は彼女がふざけているのかと思った。

「ちょっと、やめろよ。もう」俊弥はわざと怒った顔で彼女を見た。
彼女はえ?という顔をしている。
「何?」
「あれ?お前じゃないの?」俊弥は後ろを振り向く。

小さな手が服のすそを掴んでいる。

小さな女の子。
不安げな顔。

「この子?俊弥の知ってる子?」彼女が問いかける。
「いや」かぶりを振って俊弥はその女の子の前にしゃがみこむ。

歳は5歳か6歳?愛らしい顔立ち。くりくりした瞳。
「どうしたの?迷子?」
俊弥が聞く。女の子はぶんぶんと頭を横に振る。
「お父さんとお母さんは?」
女の子はちょっと考えてから答える。
「わかんない」

「迷子なんじゃないの?」彼女は周りをキョロキョロを見まわす。
「うーん、子供を捜してる様な感じの人は居ないねえ。人多すぎて良くわかんないけど」「困ったな」俊弥は女の子の顔を覗き込む。
女の子は俊弥の服のすそから手を離すと、今度はしゃがみこんでいる俊弥の手を掴んだ。
「迷子センターとかに連れて行く?」彼女が聞く。
「うーん、そうだなあ。うーん。しばらくお兄ちゃん達と一緒にいるか?」俊弥は目の前の女の子に問いかける。

そう言われた女の子の表情が急に明るくなり、にっこりというより、歯を見せてニヒヒという感じで笑った。
その瞬間、俊弥の中でまだ幼い女の子の顔が、別の顔と重なった。

レイナ!!

俊弥はがばりとベッドから上体を起こした。

そうしてから部屋の中を見まわす。明るい。カーテンを閉め忘れたのか、窓から光が射している。
枕元に置いてあった携帯電話で時間を見る。朝6時。

いつの間にか眠っていたらしい。
さっきのは夢?それとも…

俊弥はすっきりしないまま、携帯電話のアラームを確認して、もう1時間眠る事にした。
後で考えよう、後で…