REINA


ラプターの着陸を見届けると、ミキティは屋上を離れ、下へと降り始めた。
「どこ行くの?」
「もっと近くで見る」
ミキティはそれだけ言ってずんずんと階段を下りて行く。
俊弥は半分あきれ顔で後をついていった。

「作業車両がいるから気をつけろ」ミキティは1階から外に出る際にそう言って、さらに進んで行く。
それどころか近くの作業車両を呼び止めて、自分と俊弥をラプターが駐機している場所まで連れて行かせた。二人は米軍が使っているらしい大型の格納庫の前で車を降り、そのままラプターの群れに向かって歩く。途中で警備の兵士に止められたが、ミキティが自分の身分証を見せるとすぐに通してくれた。

ミキティは顔見知りらしい米軍の士官に声をかけ何事か話した後、俊弥を連れて格納庫の前に歩いていった。巨大な格納庫が日陰を作り、少しだけ涼しい場所を提供してくれている。そこから整列して駐機された6機のラプターに整備兵が群がっているのを眺めることができた。


ラプターの他に旧式のF4が2機置いてあり、うち1機のエンジンに火が入っている様で、かなりやかましかった。

アメリカってのは凄い国だよな」ミキティは心底感心した様に呟いた。
「うん?」
「個別の技術では日本とか韓国とか、あるいはイスラエルとか、分野毎にアメリカより優れた技術を持ってる国はあるよな?」
「ああ」俊弥はうなづいた。
「でも、どの国も戦闘機や宇宙船といった分野ではアメリカを本当に凌駕するものは作れていない。あらゆる分野の技術を結集する巨大システムの開発ではアメリカに及ばない」確かにそういう傾向はあるかもしれない。しかし…俊弥にはこの言葉には素直には頷けなかったが、目の前にある近未来的な戦闘機のある種の美しさを目の当たりにすると、ある程度は賛同せざるを得なかった。

「この国は」ミキティはさらに話を続けた。
「あんな力は無い。色々な現代化策を講じているが、表面的なものにすぎない。運良く国内に海底油田が見つかってうるおってはいるが、しょせんは小国…」
一体何を?話を聞きながら、俊弥はミキティの真意をいぶかっていた。
「君はこの国のあり方に不満なのかい?」俊弥は少し水を向けてみた。
ミキティはじっとラプターの方を見ていたが、すうっと目を閉じた。
「そうかもしれない。あたしが子供の頃はまだこんなにも開発は進んでなくて。この10年くらいか、とてつも無い速さで故郷(ふるさと)が変わって行く」
そこで少し間が空いた。
「わかってはいる。この国を守るために必要なことだと。ただ…」
「ただ?」
「普通にこの国ががんばっても大国には勝てん。だから、レイナが…」
レイナ?なぜここでレイナの名前が。俊弥は息を呑んで次の言葉を待つ。
だが、ミキティは黙りこんだまま口を開こうとしなかった。

ミキティ!」俊弥はたまりかねてミキティの名を呼んだ。
ミキティは大きく息を吐くと再び話しはじめた。

「レイナは…さゆみんの巫女だ」
さゆみん
意味がわからない。
さゆみんの伝説は知っているか?」
俊弥は大きく頭を縦に振った。
この国に来て二日目だったか、レイナ、キャメイとさゆ岬に行って聞かされた。
伝説のこの国の守り神…

さゆみんが一体何なのか、誰も知らない。しかしこの国ではずっとその存在は信じられている」
「それとレイナに何の関係が?」
「レイナはさゆみんの力を発現させる重要なカギなんだ」
俊弥は大きくかぶりを振った。
「わけがわからないな」

ミキティは険しかった表情を少し崩して俊弥の方を向いた。
「あたしも良くはわかっていない。でもおとといの、海の上での出来事をお前も見ただろう?レイナは不思議な力を操ることができる。でもそれはレイナ自身の力では無い。レイナに言わせると、何かと共鳴するような感じらしいが」
「レイナがさゆみんの力を操っていると?」
「簡単に言えばそうだ。実際はそう単純な関係では無いみたいだけど。古来からこの国は不思議な力で何度も守られてきたんだ。その力の事をこの国の古くからの住民はさゆみんと呼んでいる。さゆ岬で目撃される伝説の生き物、あれはある周期で出現するんだ」
またわからなくなった。さゆみんとは、さゆ岬で目撃される伝説の海獣のことでは?
「この島には、50年とか100年とかの間隔でさゆみんの巫女と呼ばれる女の子が生まれる。その子が生まれるとこの島に降りかかる災いが不思議な力で取り除かれる様になる。しかしさゆみんの巫女が生まれない時代もある。そしてさゆみんの巫女が居ない間は、さゆ岬の海獣も目撃されることは無い。これはこの島の伝承を記録と付きあわせて研究してきたある研究者の結論だ。彼はアメリカからこの国に来て、一生をさゆみんの伝承の研究に注ぐ覚悟でいる」
俊弥には話が良く見えなかった。
「つまり、レイナはこの国を守っている何か伝説的な力と関係があると?」
俊弥はミキティの顔を覗き込んだ。
ミキティはなぜか晴れ晴れとした顔で微笑んだ。
「お前が見たとおり。レイナは確かに不思議な力を持っている。科学的には何も証明できないが」

「レイナは…」ミキティはさらに話しを続けた。
「レイナはどういうわけかお前に好意を持っている。まあ、なんというか、お兄ちゃんってところだろうけど」
俊弥はその言葉に少しひっかかりがあったが、この場は聞き流した。
「あの子と一緒にいるのなら、あの子が背負っているモノを理解しておいて欲しい。そしてレイナの助けになってやって欲しい。あの力はレイナがこの国の王族である証であり、あの子を縛る鎖でもある」
王族の証?俊弥はひとつの疑問を口にした。
さゆみんの巫女は王族にしか生まれないのか?」
「逆だな。さゆみんの巫女を出した家が王族になる。実際には過去にさゆみんの巫女を生み出した家系は3つあり、その3つの家系が順番に王位を継承しているんだ。ただし、さゆみんの巫女と信じられる女の子が生まれた場合、王位の継承順も変わる」

ミキティがそこまで言ったところで、近くでエンジンを回していたF4のエンジン音がひときわ大きくなり、声が聞こえづらくなった。

ミキティが続けて何かを言ったが、俊弥には良く聞こえなかった。

ミキティが不意に俊弥の目前に近づき、抱きつく様にして俊弥の耳元に自分の顔を近づけた。
「今は…レイナの願うままに振舞って欲しい。レイナの願いを叶えてやれるなら、あたしはなんでもする」
ミキティはそのまま固く俊弥に抱きついていた。