RAPTOR

「こっちだ」
空港に着くとミキティは俊弥の先に立ってずんずんと歩いていった。車は政府関係者専用の駐車スペースに止めてある。
ミキティは一般客用のターミナルビルには入らず、しばらく外を歩いて別の建物に入っていった。
当然のごとく入り口で警備員に止められたが、ミキティが自分のIDカードらしきものを見せてなにやら説明すると、二人分のゲストパスをすぐに出してくれた。それを首から下げるとあとはほとんどフリーパス状態である。

「こっちこっち」ミキティはそう言いながらその建物の屋上に上がっていった。
ターミナルビルから少し離れた位置にあるその建物の屋上からは、レイナ国際空港の2本ある滑走路のうち、メインの1本が良く見えた。

おりしも、派手な南国らしいカラーリングのボーイング777が滑走路端から離陸を開始するところであった。


ボーイング777は2機の大型ターボファンエンジンを全開して離陸滑走を開始する。
どこに行く便なのかわからないが、滑走路の中盤あたりで機首を起こし、力強く進空していった。
今日は湿度が高めなのか、機体が浮いてからすぐに主翼上面から派手な水蒸気の塊が噴出す様に流れるのが見えた。

俊弥がミキティの方に視線を移すとミキティは屋上の低めの鉄柵に腕を置いて目をらんらんと輝かせ、徐々に遠くへと離れて行く777の機体を追っていた。

ほんとに好きなんだな。俊弥はミキティのその様子を見ただけでそう確信した。

日本で働いていた頃の友人に、この手のヒコーキマニアが一人居た。
休日に何度か付き合って、関東近辺の自衛隊や米軍の基地祭に行ったり、空港で写真を撮りに行ったりしたが、まさに今のミキティの様な目で飛行機を追っていたものだ。

部屋に居る時はパソコンでフライトシミュレーターばかりやってたっけ。
一度、シミュレーターでの国際線フライトに付き合わされた困ったこともあった。

「なんとか間に合ったな」ミキティは腕に付けた時計を見ながら笑った。
「間に合った?今離陸した777のこと?」ミキティは何かを見たかったのだろうか?俊弥は不思議に思いながら尋ねた。

「ちがうちがう、これから来るんだ」
珍しく笑顔を絶やさず、上機嫌だ。

そう言われても俊弥にはピンと来ない。

「ちょっと待っててくれよ」ミキティはそう言うと持っていた自分のバッグの中をごそごそとかき回す。
「ちょっとこれ持ってて」そう言って小型の双眼鏡を渡された。俊弥が受け取ってボーっとしているとさらにバッグの中をかき回している。
「あったあった」ミキティは小型の耳かけ式のヘッドフォンがついた黒い小さな機械を取り出した。
ステレオヘッドフォンの片側を自分の耳に当て、もう片側を俊弥の耳にかけた。
それから黒い機械を操作する。

俊弥の耳に突然無線交信らしい音声が飛び込んでくる。英語みたいだが、慣れないため何を言っているのか良くわからない。単語もそんなに難しいものは使っておらず聴き取れているが、やりとりが短くコンパクトすぎて意味が理解できないのだ。

「お、来る来る」ミキティはうれしそうに笑う。
「何が?」俊弥は少しイラついた様な表情で尋ねた。
ミキティも俊弥のその様子に気づいたのか、きょとんとした顔で返した。
「らぷたー」
「らぷたー?」オオム返しに俊弥。
「F22ラプター、米軍が最新鋭の戦闘機を派遣してくるんだ」
F22、聞いたことがある。といっても、どんな戦闘機が良くは知らない。日本に居た頃、テレビのニュースでちらっと映像を見た程度だ。

ラプターって?」
「米空軍に採用された主力戦闘機。ステルス製が高く、それでいて運動能力も優れている。ベクタードスラストノズルを使って高機動が可能だ。レイナ王国に6機のラプターを派遣、常駐させる。あと5分ほどでここに来るぞ」
ミキティはそう言って、空の一点を指差した。
俊弥はそちらを見たが特に何も見えなかった。

「この国に戦闘機なんているのかい?」俊弥は尋ねた。
ミキティは少しばかりうーんという顔をしてから簡単に答えてくれた。
「必要かと言われれば要らないかな。この近辺の海域にも船を使った海賊は出る。でも戦闘機や爆撃機でここに攻めてくる国は特に想定できない」
「じゃあなぜ?」
「一種のシンボルだな。アメリカにしてみれば、この国を大切にしてるよってアピールするな。この国はたくさんの島があちこちに点在しているから、災害や事故が起こった時に高速で現地の様子を見に行ける機体があれば、それなりに意味はある」

そういえばレイナの話をしにきたのでは…
俊弥が話題を変えようとしたとき、ミキティが再び空の1点を指差した。

「来たぞ」
最初は良くわからなかった。何も見えない空を凝視していると黒い点の様なものがぼんやりと、そしてすぐにテレビで見た様な戦闘機の形になった。

ラプターの6機編隊はレイナ国際空港の滑走路上を一度飛びぬけ、大きく旋回して逆方向に飛び去り、高度を下げながら再度旋回して次々と着陸してきた。

「うはっ!来た来た。すげぇ」ミキティはまるで男の子の様にはしゃいでいた。
今日の女の子らしい格好とは対照的なミキティの様子だったが、俊弥はそんな様子を見るのが少し楽しくなってきた。

彼女は一体、何を話してくれるのだろう?
そして彼女自身は…

俊弥はミキティに対して多分好奇心から来る興味を抱き始めていた。