LADY MIKITTY


経済産業庁ビルの1階に高層階用高速エレベーターが静かに停止した。
エレベーターの扉が開くと、ロビーの冷たい空気とほんの少し気温が高かったエレベーター内の空気が混ざり合う。
シースルーの高速エレベーターは同じ様に冷房していても直射日光を浴びてほんのちょっとだけ気温が上がってしまうのだ。

俊弥はロビーの冷えた空気を肌で感じながら、つかつかと歩き出した。何かを探す様に少しきょろきょろとする。

「こっちだ」

凛とした声が背後から響いた。
俊弥が振り返ると、端正な顔立ちの女性が軽く手を挙げていた。

「なんと言えばいいのかな?」俊弥はそう言いながら、女性の方に歩み寄った。
「何のことだ」なんとも冷たい口調で女性が返した。
「君からお誘いがかかるとは思ってなかったんでね、ミキティ」俊弥は笑おうとしたが上手く笑えなかった。

そういえばこんな普通の場所でミキティに会うのは初めてだ。それにこの服装…
「なんだよ?」相変わらずつんつんした口調で、自分のことを見つめる俊弥を睨みつけるミキティ

ミニのスカートにキャミソール、それに薄い、シルクの様な透けて見えるアウター。
これまでに見た戦闘服姿とはあきらかに異なっている。

下世話な言い方をすれば、きれいなお姉ちゃんになっていた。
「いや、案外その…」俊弥は口ごもった。
「だから何?」
「その服似合うね」俊弥は思い切ってそう言った。別になんてことは無い。女の子にそんな風に言うが初めてというわけでも無いのに、妙に緊張するのだ。
「ありがと」予想通りのそっけない反応。俊弥はそれを聞いて少し苦笑した。
「ところで、あんた車で通ってるんだろ?」ミキティは俊弥の様子を無視して話をし始めた。
「ああ」
「じゃあ、車で行こう」
「どこに?」
「空港」
「???」
「とっとと行こう」ミキティは俊弥の腕を掴んで歩き始めた。
「ちょ、どこ行くんだ。車は地下駐車場だよ。取ってくるから君はここで待っててくれ」俊弥はそう言ってミキティを残し、再度エレベーターの方に向かった。

ミキティはロビーにある空きソファーを見つけてどっかりと座りこんでいた。
いったい彼女は何をしに…俊弥は困惑しながらもどこか心躍る自分に気づいていた。

まさかね。彼女が何を考えているにせよ、ま、息抜きくらいにはなるだろ。
俊弥はポケットから車のキーを取り出し、手のひらの上でもてあそびながら、エレベーターで地下に向かった。




地下駐車場から車を出し、1階のエントランスの前に止めると、ミキティは待ちかねた様に足早に車に近づき、すばやく乗り込んだ。
「空港、わかるよな?」
俊弥は無言でうなづき、アクセルを踏み込んだ。
車は軽い唸り音をあげながら穏やかに走り始めた。


「悪かったな、突然呼び出して」空港に向かう途中でミキティが話しはじめた。
俊弥はなんと答えたものかわからず無言で運転を続ける。
「少し、レイナのことが話したくてな」
そういうことか。まあ、そんなところだろうな。
俊弥は少しがっかりしたような、ほっとしたような、そんな心持ちなった。
多分、ミキティの今日の服装がすこしばかりの期待を男心に抱かせるのだろう。

「いいのかい、どこの馬の骨ともわからん外国人の俺に姫のことを話して?」
「馬の骨?」不思議なくらいすっとんきょうな声でミキティが尋ねた。
自在に日本語を操っている様に見えるが、こういう表現はやはり良くわからないらしい。「あ、いや、気にしないで」俊弥は説明するのがめんどくさくなって誤魔化した。

「ところでなんで空港へ?」俊弥は別の疑問を口にした。
ミキティはちょっと考えてから口を開いた。
「好きだから」
「え?」俊弥はその答えの意味するところが理解できなかった。
「飛行機が好きだから」ミキティは重ねて言った。
「えっと…」俊弥はまだ良くわかっていなかった。
「だから、今日は私は休暇なんだ。で、休暇の時は良くひとりで空港に飛行機を眺めに行く。今日も飛行機が見たいだけだ」
「ああ」俊弥は半分だけ納得した。つまりレイナの話はついで?やはりミキティはよくわからない。

「飛行機、好きなんだ?」
俊弥は前を向いたまま、ミキティの方をチラ見して聞いた。
「ん」ミキティは小さくうなづく。その様子が思いのほか可愛らしく、俊弥は少しだけ心を和ませた。

「本当は飛行機のパイロットになりたかったんだが…、うちの家系は代々王家を守る兵士なんだ。レイナ王国には空軍は無いから、海軍に入った。一応最近ヘリの操縦訓練はやっているがな」

俊弥はへぇっと感心した様な声をもらした。

「で、ヒマさえあれば空港で色んな飛行機を見てるってわけだ。子供みたいだろう?」ミキティはなんとなく自嘲気味に問いかけた。
俊弥はフロントグラス越しに見えてきた空港を見て、それから一瞬ミキティに顔向けて言った。
「いいんじゃないの?俺も飛行機見に行くの好きだぜ。ここに来てからはまだ全然見に行って無いけどな」

ミキティは俊弥の方をじっと見ていた。
俊弥はその視線を感じていたが、気づかないふりで運転を続けた。

「とにかく、空港で色々話したいことがある」
ミキティは少し重々しげに言った。