TELEPHONE CALL

コンコン!
ドアをノックする音にキャメイはすぐに反応した。
「YES,PLEASE」
しかし反応が無い。
「PLEASE COME IN」
「わしや、寺田」日本語でしゃべりながら、男がドアを開けた。
「あらテラダさん」キャメイも日本語で返す。
「どうぞ、入って下さいな」
キャメイは自分の執務室に寺田を招きいれた。

「コーヒーか紅茶でも飲みますか?」
「できれば冷たいシャンパンかなんかが欲しいとこやな」
それを聞いたキャメイは、めっという感じで寺田を睨んだ。もちろん本気では無い。
「はいはい、アイスティーでいいですね?」
キャメイは執務室の冷蔵庫を開け、中から冷やした紅茶の入ったプラスチック製のポットを取り出す。
寺田はその間に執務室の応接セットのソファーに勝手に腰掛けていた。

「あんまりいいお話じゃなさそうですね」キャメイはアイスティーの入った大きなグラスを2つ、テーブルに置いた。それからミルクとガムシロップ。
「レモン要ります?生レモンじゃなくてレモンジュースですけど」キャメイはにこやかに笑いながら寺田に話しかけた。
いつもなら適当に冗談のひとつも返すのだが、今日の寺田は雰囲気が少し違っていた。

寺田は出されたアイスティーにガムシロップを流し込むと、マドラーで乱暴にかき混ぜ、ぐいっと喉に流し込んだ。

「冗談抜きでアルコールが欲しい気分なんやが」
「どうしたんです?」キャメイがけげんな表情を見せる。

「三村はんの様子がちょっとおかしくてな」
ミムラさんが?」
「ロケット打ち上げの翌日からや。まあ、こっち来て2か月足らずで色んな事に巻き込まれた形やからしゃーないとこやねんけど」

キャメイは黙ってうなずきながら、寺田の向かい側のソファに腰掛けた。
「それでやな、キャメイさんに聞きたいんやが」
「なんです?」
「結局軌道を外れていたロケットがほとんど何もしていないのに、予定軌道に戻った。その後、地上からリモートで制御プログラムにパッチを当ててなんとか人工衛星を本来のコースで放つことができた」
「運が良かったですわ」キャメイはにっこりと微笑んだ。

寺田はソファに深くもたれながら、ばんと脚を組んだ。
「ごまかしはやめや」
キャメイはさらににっこりと微笑む。
「何もなしに勝手にロケットの軌道が変わるわけあらへん。それに…」
「それに?」
「三村はんがセンチュリーランドの船上からしばらく姿を消しとった。それにお姫さんとミキティ。まだそんなに長いつきあいちゃうけど、三村はんはあーいう時、現場を勝手に離れる男ちゃうで」
「三村さんは別の制御室でロケットの軌道をトラッキングするための作業をしていたと聞いていますよ?少なくともミキティの報告では」
キャメイの言葉を聞きながら、寺田はジロリとキャメイを睨みつけた。
「そんな怖い顔しないで下さいな」キャメイはそういいながらふふふと笑った。
「なんか知っとるんやな?」
「私は何も」キャメイは突然、凛とした声を発した。
寺田はいつもにこやかなキャメイの目に一瞬冷たい光が宿った様な気がした。





そろそろ12時か。俊弥は自分の目の前にあるパソコンのモニターで時間を確認した。
ロケットの打ち上げ騒ぎから3日、全く仕事に身が入らなかった。
昨日の夜、早めに宿舎に帰った俊弥は食堂でレイナに会った。
レイナはいつもと変わらない様子で俊弥を同じテーブルに誘った。
子供の様な妹の様な、そんな感じで時に甘えながら俊弥を和ませたが、あの日の海上での出来事には一切触れなかった。俊弥の方も何も聞こうとはしなかった。
いや、聞けなかったのだ。

不意に、机の上の携帯電話が振動した。
俊弥は裏返しで置いてあったその携帯をひっくり返して着信画面を見る。
見覚えの無い番号だ。
一瞬の躊躇のあと、俊弥は携帯を掴み、通話ボタンを押した。
「もしもし」
俊弥はここが外国であることを忘れてつい日本語で応じた。
そして相手の声に少し驚く。
相手は俊弥の日本語に動じず、流暢な日本語で答えた。
相手の話に俊弥はさらに驚きの声をもらす。
「いや、えっと、今仕事中だし」

「なんや?どっかに出かけたいんか?」
聞きなれた関西弁に俊弥は振り返った。
寺田が笑いながら後ろに立っていた。
「あ、いや、断ります」俊弥はそう言って電話の方に戻ろうとした。
「ええで?」
俊弥は再度寺田の方を振り返る?
「え?」
「今日はもう帰ってもええで」
「でも、まだ」
「その電話、女かい?」寺田はそう言ってにやりと笑った。
「女と言えば、そうですけど」
寺田はそれを聞いて笑い出した。
「そうか、まだここ来て2か月足らずやが、やるなあ、三村はん」
俊弥はちょっとむっとした様な顔をした。
「違いますよ」
「まあ、ええて。とにかく今日は帰りや」
俊弥は大きくため息をついた。
「じゃあ、お言葉に甘えますよ」俊弥はそう言ってから電話に戻った。
「すまない、今からすぐに降りて行くよ。ああ」
俊弥は電話を切ると後ろを振り返った。
寺田はどこかに姿を消していた。