PINK ENERGY


「レイナ」俊弥はそう言ったきり、後の言葉が続かなかった。
レイナは白い水着を着て立っていた。
ただ水着を着ているだけではない。首から数珠の様に見える石というか珠を束ねたおおきな首飾りをぶら下げている。両の手首にも。

「トシヤ、パソコンの方を向いて」レイナが凛とした声で言った。いつもの少し甲高い可愛らしい声は違う、威厳に満ちた声。
俊弥は素直にパソコンのモニターを見た。
「頭の中にロケットの様子と、ロケットを救うために必要な力を思い浮かべて」
モニター上ではロケットの最終段が彼らの上空へと近づいてくる様子が見て取れた。俊弥はモニター上の数値からロケットを本来の軌道に導くのに必要な加速度を読み取った。

「強くイメージして。そのロケットをどうすればいいか」レイナが再び言う。
俊弥は良くわからないままに、ロケットが軌道上のある地点から加速していく様子を思い浮かべた。加速開始位置、加速時間、加速度。全てモニター上に表示されているが、その数値をイメージに置きかえるのはたやすいことではない。俊弥は目を見開いて、その数字を頭に刷り込もうとした。それが何かの役に立つのかどうかもわからずに。


不意に、背中に体温を感じた。やわらかい体。レイナが俊弥の背中に体を密着させ、腕を前に回してきた。俊弥はビクリとしたが何も言えなかった。

なんでミキティはこの状況を止めようとしない?何かが。

「トシヤ、そのまま」
レイナが耳元で囁く。

モニター上でロケットが近づいてくる。加速開始最適位置まであと30秒。
そう思った時、突然辺りの景色の色が変わった。

視界がピンク色の薄い光で包まれる。
視界の真ん中を濃い、ピンク色の光が柱の様に立ち上る。


俊弥の頭の中に、宇宙空間を飛ぶロケットのイメージが浮かんだ。
俊弥にはそれが本物のロケットの形なのかどうかすら、良くわからない。ロケットの構造は写真でちらっと見た程度だ。俊弥には頭の中のイメージだけが見えており、周りは何も見えなかった。


ロケットは驚くほど精巧なイメージを保ちながら、青い地球を背景に飛び続ける。
どういうわけがそのイメージ上には、パソコンのモニターで表示されていたのと同じ数値がリアルタイムで更新されながら見えている。俊弥は自分が現実の光景を見ているのが、夢を見ているのかよくわからなかった。


地球から一筋の光の様なものが伸びてきた。
ピンク色の光。
さっきの奴?

その光はロケットと同じ軌道の後方に達すると、ほぼ直角に曲がりロケットに向かって直進した。
そして…

ロケットは光に押される様に加速を始める。
俊弥の頭の中のイメージ上で、ロケットの速度を示す数字が増加を始めた。
数字は少しづつ増えていき、やがて元々の加速目標に達した。

その瞬間に、光は消えた。


俊弥は我に返った。さきほどまでの宇宙空間のイメージは消え去り、自分が乗る警備艇と周りの海だけが見える。自分の目の前にはパソコンの画面。

背中からレイナの体温が消えた。
背後でどさりと音がする。

俊弥は慌てて振り返った。
レイナが倒れている。


ミキティがレイナに駆け寄り抱き上げる。
「大丈夫だ」ミキティは珍しく穏やかな表情で安心させる様に呟いた。

「ロケットはどうなった」ミキティは俊弥の注意をパソコン上に表示されたロケットの状態に向けさせた。
俊弥はモニター上の数値を読み取った。ロケットの最終段は俊弥達の上空を行きすぎ、そして、目標の速度まで加速していることをモニターは示していた。既に元の軌道から、より高い軌道へと、自身の速度から生じる遠心力で移動し始めていた。

「高高度へ軌道を変えつつある。このモニターを信じるなら、衛星を本来の軌道で切り離せるはずだ」

「良かったっちゃ」レイナが口を開いた。
ミキティはレイナを警備艇の操縦室の中に連れて行った。
そこにはいつの間にかたくさんの毛布が重ねて敷いてあった。

ミキティは一番上にレイナを下ろすと、一番上の毛布でレイナの体を覆った。
「寒かったり、暑かったりしないか?」やさしい口調で尋ねる。

「大丈夫」ぼんやりした表情でレイナは答えた。
ミキティの後ろから俊弥が心配そうな表情で覗き込む。

「トシヤ」レイナが呼んだ。
「何?」

「変なことに巻き込んでごめん」
「別にレイナのせいじゃ」
「トシヤ、こっち来て」
レイナはそういうと、毛布の隙間から右手を差し出した。
「しばらく握ってて」
俊弥はレイナの横にひざまづき何も言わずにそっとレイナの手に自分の手を重ねた。

レイナは安心した様に目を閉じた。

ミキティがポンっと俊弥の肩を叩いた。
「ご苦労さん。さて、帰るかね」
「レイナは?」
「大丈夫。しばらくすれば回復する」
「そうか」
俊弥は床に腰をつけて、レイナの手を握ったまま自分もごろんと横になった。
毛布がたくさん敷いてあるので、とくに床がごつごつすることも無かった。
「調子にのっておかしなマネするなよ?」ミキティが脅かす様に言った。
「しませんよ」俊弥はそう言って目を瞑った。

しばらくするとエンジンの音が聞こえた。
警備艇が走り始めたらしい。


昨夜からほとんど眠っていない俊弥はそのまま眠りに落ちた。