BOAT

「これがデジタルデータリンク?」ミキティセンチュリーランドの倉庫から黒い箱を取り出した。ミキティに尋ねられた乗員はおどおどしながら答えた。
「は、はい。でも船長や主任管制官の許可無しに持ち出されては」
「スタンリーの許可なら後で取るよ。こちとらレイナ姫付きの武官だぞ」ミキティは乗員をじろりと睨む。それで乗員は押し黙ってしまった。
ミムラ、この装置でいいんだろ?」
「ああ」俊弥は何を考えてるんだこの女といぶかった。
「よし、行こう」
ミキティは再び甲板に向かって歩き出す。その後をレイナもすたすたと付いて行く。

俊弥はどうしたものかと思いながら二人の後ろに続いた。

「あの、それ持とうか?」如何にも重そうなデジタルデータリンク装置をひとりで運ぶミキティに俊弥はそう申し出た。
ミキティは一瞬俊弥を振り返ったが、ふんっという顔でまた前を向いた。
「自分のパソコンだけ運んでくれればいい。こっちはあたしがやる」

3人は甲板に出ると、船の後部舷側にある貨物用大型エレベーターへ移動した。これは空母の艦載機用エレベーターに似ていて、上部の甲板上から下部に下りることができた。港での荷積みや荷下ろしを楽にするための特殊装備である。

ミキティは船の乗員に命じてエレベーターを下げさせた。3人を乗せたエレベーターが下に下がると、そこには小型の警備艇が待っていた。まずはミキティと俊弥の荷物をネットに入れて警備艇の乗員に渡し、金属製の梯子を使って警備艇上に3人は乗り込んだ。
警備艇に元々乗っていた2人の乗員はその梯子に使ってセンチュリーランドに乗り込み、警備艇に乗っているのはミキティ、レイナ、俊弥の3人だけになった。

ミキティは一人で警備艇のエンジンを動かし、センチュリーランドから出発させた。

センチュリーランドから少し離れたところで、ミキティは艇を止めた。
「組み立てはすぐにできるか?」
そう聞かれた時には俊弥はデジタルデータリンク装置と自分のパソコンの接続を終わっていた。
「もう終わったよ。あとは電源を入れるだけ」俊弥はそう言いながらパソコンのキーを叩いた。
画面には3D表示の地球と衛星軌道を示す複数本の曲線が描かれた。

「次にロケットが最適発進位置に来るのは?」ミキティが聞いた。
「あと40分後、ちょうどこの辺りの上空を通ることになる。と言っても見えないだろうけどね」
「それは都合がいい。ロケットの制御が再開できるのは?」
「予定だと早くてあと3時間後だな。その後に最適位置に来るのはさらに13時間後」
「どういうことっちゃ?」レイナがきょとんとした顔で話に割り込む。
俊弥はキーボードを叩き、画面を少し変えた。今度は平面に展開された世界地図上に何本もの線が表示された。
「これは現在衛星軌道上にいるロケットの最終段の予測軌道。やや楕円形の軌道でかつ、赤道のラインからは大きく傾いているから、地球を1周するごとに通過する場所が変わる。1周約90分だが、本来ロケットを持って行きたい軌道に移すには、どこから加速を開始しても良いというわけじゃない。ある範囲に限られるんだ」
レイナは説明を聞いたものの良くわからないという顔をした。
「それとスタンリーが言うには、今の軌道にあまり長時間留めておくは良くないらしい」
「なぜ?」とミキティ
スペースデブリ
「でぶ?」
「要するに宇宙空間を漂っているゴミだ。古い人工衛星やロケットの破片とかの類。10cmくらいのサイズの破片が衝突すればロケットはおしまいだ。NASAのデータと照らし合わせた結果、24時間以内に現軌道から離脱させないと、ある古い人工衛星の破片と衝突する可能性があるそうだ」
「10cmで?」
「秒速数kmの速度で飛んでるからな。銃弾を喰らう様なものなんだ」俊弥は説明した。
「で、このパソコンで最適加速開始位置と、さらにロケットの状況がモニターできるんだな?」
「ああ」

「なぜ?センチュリーランドの管制システムは入れ替え中なんだろう?」ミキティは疑問を口にした。
俊弥はまたキーボードを叩いた。
画面には何かの説明図が表示された。
「ロケットには慣性航法装置が装着されていて、自身の動きをトレースできる。それからマイクロ波で他の通信衛星を経由してその情報をこのデータリンクに送信してくるんだ」
「すごい」レイナはほとんど話を理解していなかったが、目を丸くして驚いていた。

「OK,なら急ごう」
ミキティはそう言うと警備艇を出発させた。


警備艇はそれから約30分海上を高速で進みつづけた。
ミキティはおもむろにエンジンを止めると、警備艇に波に漂うにまかせた。
「なんかテキトーに走ってたように見えるが大丈夫なんだろうな?」俊弥は少し疲れた顔で聞いた。警備艇の揺れが堪えているのだ。
GPSもついてる、心配するな。それよりあと何分だ?」

そう言われて俊弥はパソコンの画面をチェックした。
「あと7分」

「よし、レイナ準備しろ」
レイナはそう言われて、どこから持ってきたのかかばんをひとつ警備艇の操縦室から取り出し、蓋を開けて何かを取り出した。それから俊弥を見て、慌てた様子で言った。
「トシヤ、ちょっと後ろ向いてて、こっちみないで」
俊弥は驚いたが言われた通りに警備艇の後方をしばらく眺めていた。


なにやら背中越しにごそごそと音が聞こえる。

「もういいっちゃよ」
レイナの声に俊弥は振り向いた。
レイナの姿を見た俊弥はあんぐりと口を開いた。