RECOVERY


センチュリーランド船橋上部のテラスでは、招待客達が昇り始めた朝日を眺めていた。
ロケット打ち上げから既に十数分が経過していた。
ロケット打ち上げ、花火、そして南太平洋に昇る美しい朝日、招待客達は十分に満足していた。

「さて、そろそろ中に戻るかね?」俊弥はそう言ってレイナの肩をポンと叩いた。
「うん。まだ眠いから、少し寝るっちゃ」
寺田やキャメイもうなづき、一行は船橋の中へと移動していった。
俊弥は寺田にもらったビールが少し回っており、かなりの眠気に襲われていた。
船内に入った途端に不意に足元がふらつき、前につんのめった。
「危ない」
レイナが慌てて俊弥の腰に手を回し、小さな体で支えようとする。
俊弥ははっと我に返り、レイナを見た。
「寝不足でビール飲んだせいか、ちょっとフラフラするわ。レイナありがとな」
レイナはしょうがないなあという表情をして見せたが、なんとなくうれしそうにしていた。

キャメイ大臣』誰かがキャメイの名を呼んだ。
英語である。
このセンチュリーランドの作業員用の制服を着た男が一人、キャメイに駆け寄り何事か話をした。キャメイの表情が強張る。

「どないしたんや?」男の説明が早口で聞き取れなかったため、寺田がのんびりとした調子で尋ねた。

「打ち上げたロケットの最終段の軌道が予定とずれているらしくて」キャメイは困惑しながら答えた。
その言葉にさすがの寺田も表情を強張らせた。

俊弥はレイナに支えられながら、何を考えているのかよくわからないボーっとした表情をしていた。
「トシヤ?」
「ん?ああ、なんか面倒ごとが起こったみたいだな…」

「レイナ、俺を管制室に連れて行ってくれ」そう言うと俊弥ははーっと大きく息を吐いた。
ちょっと徹夜仕事してビール飲んだだけでこの体たらくか。
俊弥は自嘲気味になりながら、レイナに誘導されるままに、足を動かして歩いて行った。

寺田は何も言わずにその後に続いた。そしてキャメイも。

ミキティはどういうわけか4人には続かず、一人でどこかへ消えてしまった。



発射管制の責任者スタンリーは、自分の椅子に腰を下ろすと、デスク上のモニターを見ながら考え込んでいた。
モニターには発射したロケットの最終段の現在軌道、最終段および搭載された衛星に積まれた燃料の残量等が表示されている。
最終段には起動調整用の予備燃料が搭載されており、これを使えば本来の軌道まで衛星を上げることは可能だった。

問題は最終段ロケットに再点火したとして、本来の設計どおりの燃焼をしてくれるかどうかである。
リモートでロケットのシステム点検をした結果では、若干の調整パラメータのズレがあったものの、明白な故障や不具合は見当たらなかった。
一方でロケット燃料の燃焼が予定どおりに進まなかった理由もまたはっきりしていない。

予備燃料の量からして、少しでも不具合があれば衛星を目的の軌道まで上げることは難しくなる。確信が無いままに再点火をすることはできない。


「一度全システムを止めた方がいい」
スタンリーは背後からの声に振り返った。
「あんた?」

俊弥が少しふらつきながらスタンリーに近づいてきた。
「ここの管制システムは2セットが同時に動作していて、片方がメイン、もう片方が予備、そうですよね?」
俊弥は自分がこの管制室に残したノートパソコンのところに行き、そこに座り込み、蓋を開けて起動した。

「さらに2セット、全く電源の入っていないコールドスタンバイ機がありますね?そちらを起動して、今動いている奴は全部止めましょう」

「しかし既にロケットは」
「ぐるぐる衛星軌道を回っているんでしょう?こちらから手を出さなければずっと?」
「そ、それはそうだが」

「管制システムをまっさらの状態で起動して、それからロケットにコマンドを送るべきだ。必要なデータのバックアップはあるんでしょう?手伝いますよ」寺田が後押しした。

「あんたたちはやはりここのシステムがなんらかの不正侵入にあったと考えているのか?」スタンリーが聞いた。
「確証はありません。夜中から朝までに検査した限りでは疑わしいデータ差分が1712箇所。各種の検査をしましたが、明白に悪意のあるコードは見つからず。我々はここの設計者でも無いので、データの更新頻度や格納場所から安全性をある程度推測できるだけで。ただ、調べて行くうちにいくつかの可能性も判っては来ました。予備システムがスタートしたら、衛星本体のプログラムのオンラインアップデートをかけた方が安全ですね」
俊弥はそう言うと、管制室に居るオペレーター達に声をかけた。
「さあ、聞いたでしょう。システムを一度落とします。ロケットおよび衛星は自律モードに切り替えて下さい。切り替えが確認でき次第、ここの主電源含めて管制システムを止めます」

スタンリーは俊弥をじっとにらみつけたが、すぐに室内を見回して言った。
「みんな、今言ったとおりに作業を進めてくれ」