LAUNCH


ジリリリリリ
けたたましいベルの音にレイナは飛び起きた!!

いつの間にかソファの上で眠っていた。見ると目の前のテーブルの上でいかにも目覚まし時計という感じのアンティークな時計が全身を震わせていた。

「うーん」ミキティがだるそうな声を出しながら手を伸ばして時計の鳴動を止めた。

「おはよ」ミキティは珍しくボーっとした顔をレイナに声をかえた。
レイナは状況がよく判らない様子できょろきょろと周りを見た。

「ここはセンチュリーランド、ロケット発射の司令船の中だよ」ミキティが笑いながら説明した。
「あ!」どうやらミキティとこの部屋で遊んでいるうちに眠ってしまったらしい。
「この時計はミキティが?」
「そ、寝てる間にロケット発射しちゃったら困るからね。さ、管制室に行くよ」
ミキティはそう言って立ち上がった。
「あ、ちょっと待って、顔洗うから」レイナは部屋の隅にあるバスルームに足早に駆け込んだ。





発射管制室では俊弥達もまたまどろんでいた。
「コーヒーどうぞ」そう言う自分自身も眠そうな顔でキャメイがブラックの濃いコーヒーをカップに注いで持ってきた。俊弥達のテーブルの前に椅子を持ってきて腰掛ける。

「結局何も見つからんかったな」寺田があくびをしながらコーヒーのカップを手に取った。
「全部の差分を解析したわけじゃないですから」俊弥はそう言いながらも諦め顔だ。
発射まであと30分。何かが見つかるとは到底思えなかった。


「だから言っただろう」聞き覚えのある声が二人の頭上に響いた。ジェームス・スタンリー、今日の発射管制責任者である。
「そもそも、ここの専門家でも無い人間にこんな短時間でどうこうできるわけが無いんだ」

「何も無いならそれに越したことは無い」俊弥がぼそりと言った。
「何だって?」
「何かが見つかることを期待していたわけじゃない。何も無ければそれに越した事は無いでしょう。ただ」
「ただ?」
俊弥はうーんと伸びをしながら少し沈黙した。
「なんだね?」スタンリーは苛立った口調で聞いた。
「バックアップとの差分を全部チェックしたわけではありません。差分が全て異常というわけではなく、正常なオペレーションの結果のものがほとんどでしょうが…」

「いや、何も無いことを祈ります」
「む、そうか…」スタンリーは俊弥の最後の言葉の殊勝な口調に押し黙った。

「発射は予定通りだ。5分前になったら船橋に出るといい」スタンリーはそう言って自分の持ち場に戻っていった。



「トシヤー、こっちこっち」キャメイ、寺田、俊弥の3人がセンチュリーランド船橋の上部に上がると、レイナが大きく手を振りながら呼びかけた。
ミキティも隣に居る。
「レイナ、元気だな」俊弥は感心したようにつぶやいた。
「え?何?」
「何でも無いよ」
「外に出よう、早く早く」レイナは首から体の大きさに似合わない大型の双眼鏡をぶら下げていた。
レイナに引っ張られる様にして、俊弥は船橋の外に出た。階段を上がると大型のテラスの様な場所があり、船の前方が良く見える。既に手の開いた乗員や、招待客が手すりぞいにずらりと並んでいたが、ど真ん中の一箇所だけロープが張られて、人を寄せ付けない状態になっていた。レイナたちのために場所取りされていたのだろう。

レイナ達に気づいた警備の兵士がその場所のロープを外した。

『T MINUS 5 MINUTES AND COUNTDOWN』
船の外にも大きな音でカウントダウンが放送されていた。

レイナは真っ先に手すりに飛びつき、発射プラットフォームレインボー7の姿を探す。
「どこっちゃね?」
「あれだろ」俊弥は真正面を指差す。
「えー?あれ?ちっちゃいね」
それはそうだ。確かレインボー7センチュリーランドは2km離れた位置に居る。

まだ外は暗く、薄明の中にぼんやりとレインボー7の構造物が見える感じだった。海上にはレイナ王国海軍の警備艇らしき船が辺りの海域をパトロールしている。


あたりにはレインボー7を囲む様に漁船等の一般の船舶らしき船も居た。

突然、5人の背後から轟音が轟いた。ヘリコプターが一機、頭上を飛びぬけて行く。
「あれは軍のヘリ?」俊弥がキャメイに尋ねた。
「あー、いえ、多分、アメリカのTV局がチャーターしたものですね」キャメイはヘリを見上げながら答えた。

『T MINUS 3 MINUTES AND COUNTDOWN』

「あとちょっと。楽しみっちゃー」そう言いながらレイナは首からぶら下げた双眼鏡をレインボー7に向けた。
「何か見えますか?」キャメイがレイナの横に立って尋ねる。
「うーん、よくわからんちゃ」レイナはそう言って、双眼鏡をキャメイに渡す。
キャメイも双眼鏡を覗いたが、ロケットはレインボー7の上部構造物にまぎれて見ずらかった。

「見ます?」キャメイはすぐに双眼鏡から目を離し、寺田、俊弥の方を見る。
「ちょっと貸してんか」寺田が受け取る。
俊弥は手すりから乗り出す様にしてレインボー7の方を見るレイナのことが危なっかしく感じて、そちらを見ていた。

「トシヤ?」
レイナに声をかけられて俊弥はびくりとした。
「え?何?」
「レイナのこと見とうけど、何ね?」
「あ、いや、あんまり乗り出すと危ないよ」
「じゃあ、レイナが落ちない様に掴んでいて」レイナは本気か冗談かわからない顔で言った。
「だったらあたしが掴んでるよ」ミキティがレイナと俊弥の間に割り込む様に入ってレイナの両肩を掴んだ。
「お前、ホントに落ちそうだからな」ミキティがあきれた様な声で言った。

『T MINUS 1 MINUTES AND COUNTDOWN』
「そろそろやな」熱心に双眼鏡を覗いていた寺田がようやく双眼鏡を下ろした。
45秒、30秒、15秒、カウントダウンが進む。

その場に居た全員が同じ方向をまたばきする間も惜しむ様に一斉に見つめていた。
『10,9,8,7,』カウントダウンの放送がひときわ大きくなった様に感じた。
『6,5, MAIN ENGINE START』遠くに見えるレインボー7から薄く白煙が上がり始める。
あっという間に白煙はもうもう広がり、レインボー7近辺だけが明るく輝く。

『LIFT OFF,STK-7 LIFT OFF』
レインボー7がひときわ明るく輝き、白煙の塊が空に向かって初めはゆっくりと、確実に加速しながら昇り始めた。
明るい花火の様な炎と大量の白煙を吐き出しながら、小さく見えるロケットが薄明の空に上がって行く。

周り中からわっと歓声が上がる。
「綺麗」ミキティが珍しくうっとりした表情で呟く。
「ほんとですね」キャメイがうなづく。
俊弥は言葉も無く目の前の出来事を見ていた。

ロケットはあっという間に低層の雲をつきぬけ、目視では追うことができなくなった。

ヒュルルルルル、どこから小さく音が聞こえる。

近くの空でパッと光の粒が広がり、ドーンという音が聞こえた。
花火!

近くの船から打ち上げられたらしい。
「お祝いですわ」キャメイがにこやかに笑った。

続けて数発の花火がセンチュリーランドを照らした。
「はは、お祭りやな」寺田がそう言いながら、手に持っていた缶ビールをプシュっと開けた。いつの間に…
「ほら、ミムラはんも飲むとええで」そう言って、寺田はジャケットのポケットからもう一本取り出す。
まったくこの人は。俊弥はそう思いながらも缶ビールを受け取り、プルトップを開けた。軽く寺田の持つビール缶とぶつけて乾杯する。

「いいなー」ごくごくと旨そうにビールを飲む俊弥を見てレイナが俊弥の腕にしがみついた。
「まだレイナには早いですよ」キャメイが笑った。
「むー」レイナは不満そうに口を尖らせた。



「第一段ブースター切り離します。10,9,....5,4,3,2,1,切り離し」センチュリーランド管制室ではロケットの打ち上げ監視が続いていた。
発射管制責任者ジェームス・スタンリーは立ったままで、管制室内の巨大スクリーンに映し出される各種データに見いっていた。

「第二段ブースター燃焼中。燃焼率5%ダウン」緊迫した声が管制室内に響いた。
スタンリーはその言葉に、自分の目の前のコンソールに目を落とした。
短時間の誤差なら、燃焼時間のコントロールで軌道の微調整は出来るはずだが…