DIGITAL MAZE

『T MINUS 5 HOURS 10MINUTES AND COUNTDOWN』

発射へのカウントダウンは続いていた。
それを聞き流しながら、俊弥は目の前のPCの画面を眺めて何かを考え込んでいた。
少し離れて同じテーブルを囲む寺田も同じ状態だった。


「少し休みませんか?今は比較プログラムが問題箇所が無いか探しているんでしょう?」キャメイが小型のカートを押して二人が座るテーブルに近づいてきた。
カートの上にはコーヒーか紅茶とおぼしきポットが2つに、重ねた紙コップ、スティックシュガー、ミルク等が載っていた。籐で編まれた籠にクッキーやチョコレートも入っている。

「テラダさん、ミムラさんお好みは?」
寺田はコーヒーを俊弥は紅茶を頼んだ。キャメイは二人のオーダーに応えて、それぞれを紙コップに注ぐと、自分も紅茶を一杯注ぎ、近くの椅子を引き寄せて寺田と俊弥の間に座り込んだ。

「順調ですか?」
「まあ、そやな」寺田があいまいに答えた。
「いや、とりあえずは思ったより順調に検査用のプログラムを動かすことができた。CPUパワーもかなり調達できたんで、バックアップとの比較はあと30分ほどで終わるはずや」
寺田は自分のノートPCをキャメイの方に向けて画面を指差した。
そこには実行中の比較検査の進捗具体を示すプログレスバーが複数本表示されていた。


この船、センチュリーランドに搭載されたコンピュータのうち、メインの発射管制に直接使用しないものをかき集めてこの作業に割り当てていた。ここのシステムは物理的には分散したメモリを仮想的に共有できるように設計されている。
この管制室の一階層下のフロアにサーバールームがあり、そこに様々な用途に使用するサーバーがラックマウントで並んでいるはずだった。

「それなら結果が出るまで仮眠でも取られた方が?」
キャメイのその言葉に呼応する様に俊弥はうーんと伸びをした。
「レイナ姫はどうしてるんだい?」俊弥はふとレイナの名前を口にした。
キャメイはその名前を聞いてくすりと笑い、それから応えた。
「レイナなら今は貴賓室で寝ているみたいですよ。少しミキティとふざけていたみたいだけど」
「そっか」俊弥はほっとした様な表情になった。
「お姫様が退屈してなきゃいいと思っただけなんだけど」そう言った俊弥は天井を見上げてうーんと唸る。
「何か?」不思議そうなキャメイ

「何かってゆうか、もう気になることだらけ」俊弥は苦笑いしながらキャメイが入れてくれた紅茶に口をつけた。
「今やってるのは、本当に基本的な確認だけやからな」寺田が代わりに説明を始めた。
「そもそもや、今、俺らのプログラムはこのシステムの以前のバックアップと今のメモリ状態を比較しとるわけやが」
「はい」キャメイはよくわからないまま頷く。
「単純に比較するとおそらくデータが書き換わったところが山ほど発見されるやろ」
「ええ?」キャメイは少し驚いた風な顔をした。
「ってことは、ここのシステムが不正に書き換えられているってことですか?」
「いやいや、そうやない。コンピュータが動いていればそのメモリは常に書き換わる。その中から書き換わっていいものとまずいものを選り分ける必要があるんや」
「はあ?」
「メモリの中には通常書き換えられないページと、計算なんかの進行でどんどん書き換わるページがある。書き換わるページの中にはシステムの電源落とせば普通に消えるものもあれば、その前にディスクとかにバックアップされるものもある。単純比較で値が変わっているから駄目ってわけやない。一番怪しいのは本来書き換えられないページが書き換わってる時なんだが、それだってシステムによっては特殊な事情で正常な動作でも部分書き換えしたりすることもある」
「えっと」キャメイはその説明の意味を自分の頭の中で纏めている様だった。
「つまり今やっていることでは、何か問題があっても見つけられないってことですか?」
「その可能性は高い」俊弥は肩をすくめて答えた。
「じゃあ」
「とにかく単純な比較では何もわからないんだ。何かデータの変更が見つかったらその内容を調べて問題有無を確認していく必要がある」
「ロケット発射まで5時間くらいですよ?そんなことできるんですか?」

「だからこのシステムの設計を俺は調べてるんだ。攻撃する側の立場に立って、狙いどころを探している。今流しているのは、問題のある可能性のあるデータから、よく知られた攻撃パターンや、特にここの制御システムで重要なデータを抱えている場所にアクセスする可能性のある命令コードを見つけ出すプログラムだ。過去の経験をデータベース化したものと、実際のデータを逆アセンブルしてデータフローを機械的に解析する仕掛けを組み合わせている。ただしこれをどう使うかはこっちの腕次第だけど」
キャメイはそれを聞いてテーブルのうえにつっぷした。

「どないした?キャメイさん」と寺田。
「いえ、何がなんだか良くわからないんで…なんだか迷路みたいですね」

「そういうこと。我々は電子の迷路に挑んでいるのさ」
俊弥は少しばかりカッコつけて言ってみた。
それを見てキャメイはぷっと吹き出した。
「なんだよ」俊弥はむっとした顔になる。
「だって」キャメイは笑いながら答えた。
ミムラさんってそんな人だったんですねえ」キャメイは急にケタケタと笑いだし、しばらく止まらなかった。