HACKING

『T MINUS 7 HOURS 30MINUTES AND COUNTDOWN』

「7時間か」センチュリーランドの発射管制室の隅のテーブルに座った寺田が呟いた。
「短いですね」俊弥が借り物のノートPCで中の仕様書を読みながら応える。
『これは?』俊弥は同じテーブルを囲んで座っている東洋系の男に英語で話しかけた。
『これは予備の軌道計算モジュールで、第4チャンネルからメインの制御システムと通信して…』俊弥に声をかけられた男は俊弥の見ているノートPCの画面を指差しながら説明する。このセンチュリーランドで発射オペレーションの監視をする技師の一人にシステムの設計について説明を受けているのである。
『こいつのバックアップは…』その説明に対して俊弥がたたみかける様に質問する。寺田は立ち上がって二人の背後から画面を覗き込み始めた。

「テラダさん、ミムラさん」キャメイの声がした。
二人が声のするほうを見ると、キャメイが男性の乗員を連れて近づいてくる。その乗員はノートPCを2台両脇に抱えていた。
「お二人のパソコンが届きましたよ」レイナ本島に連絡し、ヘリで運んでもらった端末が届いたのだ。

「OK!じゃ、繋ぐか」俊弥は自分のPCを受け取ると、一旦、技師の説明を打ち切ってもらって、PCの起動を始めた。寺田もそれに倣う。

『本当に意味があるのかね?これは?』キャメイに横に別の男が立っていた。
『わかりません。何も出なければ発射は続行。それで良いでしょ?スタンリーさん』
スタンリーと呼ばれた男は苦虫を噛み潰した様な表情をし、何も言わずに肩をすくめた。ジェームス・スタンリー、今回の発射管制の総合指揮官である。
『まあ、アクセス権といっても参照権だけを与えた。通信速度にも制限かけたから、発射業務には支障は無いがね。我々は決められた手順を全て守って、無事にロケットを発射させるだけさ』
スタンリーの声は俊弥にも届いていたがあえて何も言わずに自分の作業に没頭していた。彼の態度は無理も無い。何ヶ月も前から準備していたであろう計画に、素人がいきなりケチをつけてシステムの中を覗いているのだ。だが俺は彼らのミスを暴こうとしてるわけじゃない。悪意を持った攻撃者の仕掛けた罠を探したいだけだ。
ミムラさん?」キャメイが俊弥に話かけた。
「何?」俊弥は顔を上げずにぶっきらぼうに答えた。
「これから何をするんですか?」
「とりあえず、ここのシステムのバックアップからプログラムと制御データを読み出して、今システム入っているものと比較する。何かプログラムが書き換えられているかもしれないからな」
「目視で調べるんですか?」
「まさか。自動比較さ。とりあえず、空けて貰ったリソース使って比較プログラムを動かす。あと、そうだな。30分ほどで準備できる」俊弥は2台のPCの画面を交互に覗き込みながら、せわしくなくキーボードを打っていた。寺田もまた椅子に座って、同じ様に作業をしていた。
「結果が出るのは?」
「比較プログラムを動かし始めて3時間後だな」
「それじゃあ」
「仮に何かわかったとして、残り4時間ってことだ」俊弥はまたもぶっきらぼうな口調で答えた。




「あー、たいくつー」別の船室でレイナが体を後ろにそらせながら叫んだ。
トランプ遊びは終わり、岩さんは自分の休憩用の船室に帰っていった。カプセルホテルの様な仮眠室があるらしい。
「とりあえず発射直前まで寝てたらどうだ?」ミキティがそんなレイナの様子を見て笑いながら言った。
「発射5時っちゃろ?そうすると4時半には起きなきゃいけないし。中途半端っちゃね。まだ今からじゃ寝れんっちゃ」レイナはソファーにベターっと横たわり、脚をばたばたさせた。
「ったく、そーいうところ、子供のまんまだなーレイナは」
「王国海軍の軍人さんに、子守させてすみませんねー」レイナはミキティに向かってあっかんべーをして見せた。
それを見てミキティはあははと笑い出した。
「なんだよ、それ」
「あー、たいくつたいくつ」レイナはまたこの言葉を繰り返した。
「だったらあいらの所に行ったら?」
「トシヤ?」
「そ、そのトシヤって奴のとこ」
「だって、今何か作業してるからジャマしちゃ悪か」レイナは全身をソファーの上で伸ばしながらしょんぼりした顔をして見せる。
ミキティはレイナが寝転がっている横にすっと移動した。
「わっけわかんね。ホントに何なの?アイツ?」ミキティはそう言ってソファーの上のレイナにおおいかぶさった。
「ちょ、重いって」レイナはミキティの下じきになってじたばたと手足を動かす。
「失礼な奴だなー。重く無いぞ」ミキティは笑った。
「嘘。おなか出てるっちゃよ」レイナは言葉で反撃する。
「これでも軍で鍛えてるんだからな」
「鍛えた以上に肉ばっかり食べてるから」
「お前なー。やっぱ、アイツのこと、何なのか白状しろ。こら」ミキティはレイナの体の下に手を回してくすぐり始めた。
「あ、ちょっと駄目っちゃ。もう、ミキ姉、駄目」
こんなとこ人に見られたらちょっとまずいかもなー。ミキティはそう思いながらも攻撃の手を緩めなかった。
部屋の中には笑いとも叫びともつかないレイナの声がこだましていた。