POSSIBILITY

「破損ね…」俊弥は考え込んだ。
「問題の箇所の写真を見ますか?」キャメイが尋ねた。
「あ、ああ、もちろん」
キャメイがリモコンを電子ペーパー上に向けた。電子ペーパーの上に赤い小さな点が表示される。レーザーポインタの光の様な感じだ。それを3D画像の問題箇所に合わせ何かリモコンを操作する。
画面のその場所に小さなダイアログが表示され、何かを検索している様な文字列が出てきたがすぐに消えて数枚の写真が折り重なる様に表示された。
「これは破損箇所が見つかった直後に撮影されたものです」キャメイが説明する。
「これが現場の全体写真で、」キャメイはそう言いながらポインタの赤い点で一番上の写真を指し、それからかがみこむ様にして自分の指で直接画面に触れた。
「こっちが拡大写真」キャメイの指が折り重なった下の方の写真の端に触れると、写真が上に浮き上がって来た。

「うーん」寺田が首を捻った。
「どうかしましたか?」かがみ込んだキャメイが立ったままの寺田を振り返る。
「いや、エライ綺麗に切ってあるなあと」
「この箇所はパル君の証言で見つかったところなんです」
パル、先週レインボー7を見学中に破壊工作者達に捕まりかけた、この国の少年である。
「でもそんなに綺麗ですか?外側の配管とか乱暴に破られる気がしますけど?」キャメイが尋ねた。
「上っ面の皮はな。でも肝心のケーブルの芯線の何本かはマイクロニッパかなんかで綺麗に皮膜を剥かれた形跡があるで。他のところも見せてくれ」寺田は急に熱心になって画面に覗き込んだ。
キャメイはそう言われて、画面を元の3D表示に戻し、別の赤い×印から写真を表示した。
「こっちはなんか外側から無理やり斧かなんかでぶち壊した感じですね」俊弥は先ほどの写真との違いを指摘した。
「そうやな。この3箇所はそんなに離れてないなあ。さっき見たところが真ん中で、そこに至る通路の両側が他の2箇所か。ちょっとごめんな」寺田はそう言うとしゃがみこんでいるキャメイの前に割り込んだ。キャメイは仕方なく立ち上がって後ろに下がる。
寺田は慣れた手つきで巨大な電子ペーパーを指差して操作した。
「これ、使ったことあるんですか?」俊弥がその様子に驚いて聞いた。
「ああ、うちにも何枚か入ってくるで。評価用に貰った一枚で遊んでたことがあってな」寺田は飄々とした感じで答える。

「3箇所破壊されとるけど、真ん中の1箇所と他の2箇所はちょっとちゃうな」寺田は画面の表示を眺めながら言った。
「と言うと?」俊弥は寺田が指差した画面を見ながら聞いた。
「ほれ、これが各ケーブルの用途一覧や」
画面には3つの大きな長方形が表示され、その中に文字が次々と浮かび上がった。
「パワーライン、環境制御ライン?」俊弥は声に出して読み上げる。
「環境制御ラインはレインボー7の空調や生活用水の循環などの制御を行うためのデータネットワークです。非常時は他用途に転用することも可能ですが、通常はその目的のために使われます」キャメイが説明する。
「ずいぶん詳しいね」俊弥は驚いた様にキャメイの顔を見た。
「ほんと、すごいっちゃ」それまで話の輪に入れずに俊弥の横にただ座っていたレイナも目を丸くしていた。
キャメイは照れた様に頭をかいた。
「いや、レインボー7がここに来たばかりの時に色々と教えてもらったので」
「システム制御ライン」俊弥は続けて読み上げる。
「それはレインボー7のデータネットワークを全て統合することが出来る基幹ネットワーク用の通信線です」キャメイが更に説明する。

「こいつだけが、この綺麗に切られたラインがある場所を走ってるね」俊弥は3箇所のケーブルの違いを読み取って言った。
「そういうことやな」寺田が同意する。

「いったいあんたがたは何を気にされとるんかな?」このやりとりを黙って聞いていた岩さんが寺田に向かって質問した。
「ホント、訳わからんちゃ」レイナがしたり顔でそれに乗っかる。
俊弥はそのレイナの様子にくすりと笑ってしまい、レイナにムッと言う顔で睨まれた。
俊弥は慌てて電子ペーパー上の表示に視線を下げたが、ひそかに笑いを堪えていた。
「もう、トシヤ!」
釣られて寺田も笑い出し、ほんの少しだけ緊張した場が和んだ。
ホントにいいお姫様だな、この子は、俊弥はそんな事を思いながらもさてどうしたものかと寺田の顔を見た。
多分寺田も同じ事を考えているんだろう。

「確認やがな」寺田が口を開いた。
「このシステム制御ラインはロケットの打ち上げ制御にも関係しとるんやな?」
「はい。そのはずです。実際には既に今日の段階ではこのケーブルには発射に関する制御コマンドやデータが流れる事はありませんが、メンテナンスやその他のテスト目的でこのラインを使用することもできると聞いています」キャメイがはきはきと答える。
「今は切り離され取ると?」
「はい」

「ふむ、どう思う、三村はん?」寺田は俊弥に話を振った。
「これは単なる可能性なんだけど」俊弥は静かに口を開いた。
「ワイヤータッピングかも」
俊弥の言葉を聞いて、寺田はニヤリと笑った。
部屋の中に居る他のメンバーは意味がわからずに戸惑っていた。