BLUEPRINT

「えーっと」岩さんは俊弥の顔を見ながら何かを考えている様だった。
「三村です、三村俊弥」俊弥はすぐに岩さんが何を考えているかに思い当たり、自分の名前を告げた。
「あー、そうそう三村さんだ」岩さんは少しばかり恥ずかしそうに笑った。
「一度会ったきり、お伺いしてませんでしたからね」
「はは、いや、すまんすまん」岩さんは俊弥の向かい側のソファに腰掛けた。
「レイナ姫、そのツナギ、なかなか似合ってるね。わしらが着るとただの作業着だが、女の子が着るとなかなかどうして可愛いものだね」岩さんはレイナを見て上機嫌な様子だ。
「ありがとう。ホントに似合ってる?」レイナが照れ笑いをしながらぴょこんと立ち上がり、クルリと回って見せた。寺田がその様子を見てニコニコしながら手を叩く。
「いやいや、ホントに可愛い女の子が居ると和むね。っと、和んでばかりも居られ無さそうだな」岩さんは真正面に座る俊弥の真剣な眼差しに気づいた。
「岩さんはここで何を?」俊弥は話を切り出した。
「うん、ロケットの点検にな。ロケット以外にもレインボー7の燃料補給ラインとか重要部分の溶接の点検をしとった」
「全部目視やと大変でしょう?」寺田が立ったままで岩さんに視線を投げた。
「いやいや、全部見たわけじゃないよ。月曜日に、つまりあんたらがレインボー7を見学中に事件が起こった翌日だな、レインボー7にヘリで運ばれて、ここの技術者と点検計画を練った。ロケット本体およびレインボー7側の発射支援設備全てを再点検するとなると膨大な時間がかかる。あそこは重要区画は電子ロックがかかっているので、ロックの解除記録から破壊工作に従事したと思われる人間が入った可能性がある箇所を絞り込んだ」
レインボー7およびこのセンチュリーランドの特に重要な区画にはICカード付きIDカードと生体認証、虹彩認証を使っていますが、2つの認証を組み合わせた操作で開錠可能な電子ロックでガードされています。カメラでの24時間監視していますから、仮に誰か一人がロックを解除して、そのまま複数人の人間が入っても誰が入ったかはチェック可能です」キャメイが補足した。
俊弥は黙ったままうなづき、続きを待った。
「それでだな、電気系統の接続チェックや、外観の目視検査、これは特殊な器具は使わずに単純に破壊工作の痕を探す検査。それからX線等を使った自動検査と重要な溶接部分の目視検査、こっちは顕微鏡みたいなものでの精査やいわゆる触診というか、手で触っての検査も含まれる。自慢じゃないが、ワシの指はミクロンの傷でもわかるんじゃ」岩さんは誇らしげに胸を張った。それからすぐに話を再開する。
「つまりだな、複数の種類の検査をその効率と精度、更に検査対象の重要性との組み合わせで、どこに何の検査をするかを最初の2日間で洗い出した」そこで岩さんは立っているキャメイに目配せをした。キャメイは岩さんの隣に座ると、どこから持ってきたのか、長い筒をテーブルに立てかけ、中から大きな模造紙の様なシートを取り出した。
キャメイはロール上に巻かれたそれをテーブルの上に広げた。
それは真っ白であり、何も書かれていなかった。
部屋中の人間の視線がキャメイに向けられた。
「あらあら、ちょっと待ってくださいね」キャメイはそう言いながら、胸ポケットから小さなリモコン状のものを取り出した。
「これは最新のデジタルブループリントで、えっと見てもらった方が早いですね」キャメイは小さなリモコンを操作する。
数秒の間をおいて、白いシートの上に青く何かが浮かび上がってきた。
「これは見てのとおり、レインボー7の三面図です」キャメイが説明した。
「すげえな、これ」ミキティが感心した様につぶやく。
「いわゆる電子ペーパーか。A1サイズ?でかいね」俊弥はシートの表面をものめずらしそうに撫で回す。
「そして」キャメイはさらにリモコンを操作する。
巨大な電子ペーパー上の三面図の何箇所かが赤い線やオレンジの線で囲まれたり、あるいは色を塗られたりした。
「この赤い部分はロケットの発射に関して特にクリティカルな部分。他の色は重要度や多重化の度合いでリスク分析した結果で塗り分けられています。岩さんには赤色の区画の特に燃料パイプや油圧等の重要な配管、それにロケット本体のエンジンの重要部分のチェックをお願いしました」
「そう、そういうことだ。機械的な検査で済む部分はX線等の目に見えない破壊の痕が無いかチェックさせた。さらに機械による検査では安心できない箇所はワシが自分の目と手で確認した。それも昨日の昼までかかったがね。ロケットに燃料を送るための準備のタイムリミットいっぱいじゃったよ」
「それで何か見つかりましたか?」俊弥は尋ねた。
「ワシの担当範囲の配管類では何も」岩さんは確信に満ちた力強い声で答えた。
「何箇所のパイプで劣化が見つかったが、それは破壊工作とは無関係な経年変化によるもので、ここの安全規定の範囲内のものだった。ただし今回は念のために交換させたらしいがね」
「ロケットの噴射ノズルや、その近くにある燃料ポンプ類は非常に重要で溶接部分のミクロン単位の小さな傷が拡大して、飛行中の破断や異常燃焼に繋がることがあるらしいが、ワシが見る限りは全く問題無かった」
「他のチェック結果は私から説明します」キャメイが説明を引き継ぎ、リモコンをまた操作した。電子ペーパー上の表示がレインボー7の3次元ワイヤーフレーム表示に変わった。
発射プラットフォームレインボー7の斜め上からの俯瞰図が、プラットフォームの構造も含めて表現されている。
図の上には色とりどりの配色を持つ線が縦横無尽に配されていた。
「この図は?」寺田がいつの間にかテーブルの横にしゃがみこみ、指で線をなぞっていた。
「これは電気系統の配線図を俯瞰したものです。電力供給のための高圧パワーラインや、汎用情報システムのための基幹光ファイバーケーブル、セキュリティを考慮した特別の制御システム用の専用データケーブルなど、カテゴリ毎に色分けされています」
「データ用のケーブルは全部光ファイバー?」俊弥が尋ねた。
「いえ、プラットフォーム全体を横断する基幹ケーブルは光ファイバーですが、各コンポーネントのローカルネットワークは普通のワイヤーです」キャメイはテキパキと説明する。
俊弥はその様子に感心しながらも図を見ながら考え込んでいた。図上には3箇所ほど赤い×印が書き込まれていた。
「この赤いマークは?」俊弥はその×印を指差した。
「これは、ケーブルの切断や、接続回路の破損があった箇所です。もちろん現在は完全に修復されています」キャメイはきっぱりと言い切った。