DISPUTE


「トシヤ、あの事件のことは忘れたほうが」レイナは俊弥の右隣に座り、甘えるようにもたれかかって来た。
俊弥はレイナの両肩を掴んでまっすぐにソファーに座らせると、目をつぶってうーんと唸った。
「どうやらお姫さんの色仕掛けも通用せえへん様やな」寺田が二人の様子を見てわははという感じで笑った。
「もう、別に色じかけじゃなか」レイナは今度は俊弥と反対側にばたんと倒れこんだ。
キャメイは10分ほど前に部屋を出て行って戻ってこない。

「あの時、」俊弥は目を開けてしゃべり始めた。
「もっと犠牲者が出てもおかしくなかった。先週、俺がたいした怪我もせずに無事だったのは単に運が良かったからだ。武器を準備し、複数の人間を発射プラットフォームに送り込むからにはそれなりに組織だった連中が先週の破壊工作には絡んでいる」

「そこいらのテクノスリラーの読みすぎじゃないのか?」聞き覚えのある声が部屋の入り口から聞こえてきた。
俊弥、レイナ、寺田の三人が一斉に声のする方を見た。

ミキティ!」レイナの声が弾んだ。
「レイナ、今日のご機嫌はどうなんだい?」レイナ王国海軍の女性軍曹ミキティが珍しくにこやかな顔で部屋に入ってきた。レイナはソファから立ち上がると飛びつく様にしてミキティと抱擁を交わした。

ミキティはレイナの体を自分から引き剥がすと、寺田と握手をし、俊弥が座るソファーの向かい側に座り込んだ。二人ともお互いに手は出さなかった。

「テクノスリラーか…僕がここで経験したことは映画や小説とあまり変わらないくらいの非日常的な出来事だが」俊弥はシャンパンのボトルをソファーの前にテーブルに置いて、自分でグラスに注ぎながらミキティに語りかけた。
「お前が、いやそれだけじゃない、姫も含めて無事だったのは、ただの幸運だってのには賛成だ」ミキティが挑発する様な口調で言った。明らかによそ者が自分達の姫に関わるなという意図を含んでいた。
「ちょっとミキティ」レイナがミキティのその口調をたしなめようとしたが、ミキティは構わずに話を続けた。
「このセンチュリーランドとオデッセーには十分な専門家が付いているし、あれから1週間、レイナ王国海軍が張り付いて警備をしていた。素人がこれ以上あれこれと心配する必要は無いよ」自信ありげに話すミキティの端正な顔立ちは見るものによりきつい印象を与えていた。

ビジュアルは嫌いじゃないんだけど、なんかこの姉ちゃん苦手なんだよな。俊弥はそんな風に考えながらミキティの言葉を聞いていた。アサミだっけ?同じ様に俺を敵視しててもあの子はまだ可愛げがあるんだが。

「おい、聞いてるのか?」ミキティはさらに強い口調と鋭い眼差しを俊弥に向けた。
ミキティ!」レイナはミキティを睨む様にしながら、再び俊弥のとなりに座り、俊弥の腕に自分の腕を絡ませた。この場では自分は俊弥の味方だとはっきりと意思表示して見せたのだ。
レイナは驚かされる。子供の様に自分に懐いている様に見せて、何か確固たる思いを内に秘めて行動しているようにも見える。
この子が俺をとことん庇うのは何故なんだろう?単にお姫様の気まぐれという風にも思えなくなってきた。


「先週の事件の後、何を調べて問題無いと判断したのか。キャメイさんが説明してくれることになってる。それが妥当な内容なら僕も納得するよ」
「だから、お前に何がわかると聞いているんだ?あんたの事はキャメイから聞いたよ。コンピュータシステムの専門家らしいが、ロケットや人工衛星については素人なんだろう?まあ、軍人の私よりは多少その手の技術に詳しいのかもしれんが、破壊工作の影響など評価できるわけが無い」ミキティはレイナが俊弥に寄り添っていても全く意に介さずに俊弥を否定する発言を続けた。
「少なくとも」対照的に俊弥は少し落ち着いた口調に戻った。レイナにしがみつかれると熱くなっていた心が和む。たとえこの子の本心に疑念を持っていても…
「ここの発射管制システムの設計は勉強してきたよ。個々の要素技術はどこにでも転がっている汎用品を寄せ集めだ。データベース、ネットワーク、技術計算用のサーバーコンピュータ、それにそれらを結合し動かすためのソフトウェア。使われているソフトのいくつかは有名なオープンソースベースのモノでロケットとは関係無いが、僕も過去に使ったことがあるものだ」
「たった1週間で?」ミキティが訝しげに聞いた。
「正確には4日間だな。それも1日中勉強してたわけじゃないから、実際には丸1日くらいのもんかな」俊弥はこの部屋に入って初めて笑った。

ミムラさん、お待たせしました」キャメイの声が部屋中に響いた。
キャメイが初老の男を伴って部屋に入ってきた。

「岩さん!!」俊弥はその男に声を掛けた。
「おやおや、覚えていてくれたかね?」その男は俊弥に名前を呼ばれて嬉しそうに笑った。
太田岩五郎、このレイナ王国で精密機械の加工を手がける熟練のクラフトマンである。
俊弥がこの国に来て2日目にキャメイに引き合わされた先輩日本人だった。