CENTURY LAND

『T MINUS 9 HOURS 10MINUTES AND COUNTDOWN』
女性の声が5分毎にカウントダウンを告げていた。
いずれ1分毎になり秒単位になり、最後にはロケットが発射される。

俊弥は豪華な船室の中でそのカウントダウンの船内放送を聴きながら何やら考え込んでいた。

畳敷きにすれば20畳くらいありそうな広い船室にはソファーとテーブル、豪華な調度品が並び、間接照明のオレンジ色の光が室内を薄く照らしている。
ソファーの上にはフルーツやピザ、それにシャンパン、ビール。

俊弥はロケット発射のための司令船、センチュリーランドの豪華な一室のソファーに座り込み、膝の上でノートパソコンを開いて、これといった目的も無く画面を見つめている。船内には無線LANが完備し、衛星データ通信で外部にも接続可能だ。
もっとも、ロケット発射の管制システムにアクセスするには無線ではなく、決められた場所にある有線のアクセスポイントを使う必要があるし、接続可能な機器も物理アドレスで管理されていた。

「なんや、しかめっつらして」寺田の声に俊弥は顔を上げた。
寺田は両手にシャンパンのグラスを持って立っていた。
「ほれ、一杯どうや?」
俊弥は寺田が差し出すシャンパンのグラスを受け取ると、ぐいっと一気に飲み干した。
冷たい液体が喉にしみわたる様に流れ込んで行く。
「お、いいね。なんや高級な酒がいっぱいあるから遠慮せんと飲まな損やで」寺田はすでに何杯も飲んでいるのだろうか?少し赤みがかった顔で上機嫌な様子である。


海上発射プラットフォーム、レインボー7での事件から一週間後、明朝のロケット発射の控えて、二人は発射を管制する司令船センチュリーランドに招待されていた。
招待したのはもちろんキャメイである。

「先週の事件ですよ」俊弥はぶっきらぼうな調子で寺田に応じた。
「ああ、あれか」
「あれかじゃないでしょう。銃を持ち出してドンパチがあったんですよ」
「ドンパチって自分古いなあ」寺田がちゃかす。
「あんな事件の後ですぐに発射を実施するなんて」俊弥はあからさまに不満そうな顔をしていた。
寺田は俊弥のグラスを奪い取り、おかわりを注いで手渡した。
「まあ、あの後破壊工作の痕跡が無いか徹底的に調査したらしいし、警備も強化しとるんや。問題無いやろ」
「僕はこの手のシステムには素人ですけど」俊弥は反論した。
「ロケット本体から発射プラットフォーム、それにこの船の管制制御システムに至るまで、大規模かつ複雑なシステムなんでしょう?たった1週間の調査で本当に問題有無が洗いきれるんですか?」
「そう、俺に言われてもなあ」寺田は俊弥の興奮した様子にやれやれといった感じで肩をすくめて見せた。

「それより、自分、またお姫さんとデートしとったそうやないか」寺田が冷やかし半分に月曜日の事を話題にした。
「聞いたで。二人で映画館行って、それから遊園地?後、なんやっけ?」
「さゆ岬」俊弥がさらにぶっきらぼうな調子で答える。
「そうそう、その岬や。まるで恋人同士やん。あかんで未成年のお姫さんに手ぇ出したら」

「別に二人きりじゃないですよ。警備の近衛兵も一緒に居たし。だいたい」俊弥はそこで言葉を止めた。
「だいたい?なんや?」
「なんで寺田さんがそんなこと知ってるんですか?」
「いやな、さっきお姫さんとそこの廊下で会った時に、お姫さんが言うてたで?」
レイナかよ…、俊弥は二杯目のシャンパンをまた一気に飲み干した。
「おいおい、もうちょっと味わって飲もうや」寺田があきれた様に俊弥を見つめた。

「あらあらどうしたんですか?」キャメイの声が響いた。
部屋の入り口のドアを開けてキャメイが入ってきた。今日はこのセンチュリーランドの作業員が着ているのと同じ、ツナギの作業着を着ている。髪の毛は後ろで一本に縛っており、いつもとは少し違った感じである。
「なんねなんね?」キャメイの後からレイナも続いて登場した。やはりキャメイとおそろいのデザインのツナギを着ている。


「いやーなに、三村はんとレイナ姫のデートの話したら、この人照れまくってなあ」寺田が楽しそうにしゃべりながら自分もシャンパンを口に運んだ。

「あらあら、楽しそうですね。でもあんまり飲みすぎないように注意してくださいね。ロケット発射の時、管制室に入れてもらえなくなりますから」キャメイもなんだか楽しそうに振舞っている。
明朝、日曜日の午前5時きっかりに、センチュリーランドから放送用人工衛星1機を積んだロケットが発射されることになっていた。
現在の時間は土曜日午後8時前。4人は2時間程前にこのセンチュリーランドに他の見学者達と共にヘリで運ばれてきていた。この部屋はキャメイが用意してくれたVIP用の待合室のひとつである。

「月曜は楽しかったちゃねー。またどこかに遊びにいくっちゃ」レイナは上機嫌で俊弥の座るソファに近づき、俊弥のとなりにどんと座り込んだ。
「三村はんばっかずるいでぇ。このおっちゃんも誘ってんか?」寺田がレイナに向かって大げさにウィンクしてみせる。
「うーん、考えとく」レイナは無邪気に笑った。
「ホンマにお姫さんは三村はんがお気に入りやな。ちょっと羨ましいで」
俊弥はそんなやり取りにお構いなしにブスっとした顔で何かを考えていた。

ミムラさん?どうしたんですか?どこか具合でも?」俊弥の様子を心配したのか、キャメイが真剣な顔で俊弥の目を覗き込む。
キャメイさん」俊弥はキャメイから目をそらさずに答えた。
「あの事件からこの1週間で何を確認したのか、それを教えてくれ」
「何を?」
「そう。何を確認したのか。本当に明朝の打ち上げは安全なのか?」

「三村はん、それは俺らの管轄外の事や。当然ここのセキュリティガードやら、キャメイさんとこのスタッフやらが厳重にチェックしとるで。素人が口挟んで邪魔することやない」寺田がおちゃらけた口調から一点、厳しい顔で言い放った。
「あの時、現場に居た人間として、確認しておきたいんです」寺田に厳しい態度に対しても俊弥の言葉は頑なだった。キャメイは少し困った様な顔をしたが、にっこりと微笑んだ。
「わかりました。すぐに資料に持ってこさせます」