CAPE SAYU AGAIN

「ホントに帰らなくて大丈夫?」俊弥は助手席に座ったレイナに声をかけた。
「なんで?」即座にレイナから反応が返る。
「なんでって、さっきみたいなことがあったばかりだし、今日は王宮に帰って休んだ方が」俊弥は車を運転しながらそう答えた。
「トシヤ疲れとう?」レイナが心配そうに隣で運転している俊弥の顔を見た。
「いや、俺は別に大丈夫だけど」俊弥はちらりとミラーを見て、アサミ達近衛兵が乗った車がついてきているを確認した。遊園地を離れる時、アサミはすぐに王宮に帰って休むべきだと主張したが、レイナはそれを退け、俊弥が運転する車に乗り込んだ。
俊弥達はレイナの要望に従って、さゆ岬に向かっていた。そこは俊弥がこの島に来た2日目に、レイナとキャメイに連れてこられた岬で、伝説の海獣さゆみんがそのあたりの海に棲んでいると云われている場所だった。
俊弥にとってあれ以来、そこを訪れるのは初めてのことだった。

平日の海沿いの道は交通量も少なく、ドライブ自体は楽しかった。俊弥はレイナの様子が気になっていたが、レイナはゴンドラのトラブルもさほど堪えてる様子は無く、なんとなく上機嫌な顔をしていた。

「あ、見えてきとう」レイナが前方を指差した。岬の先端にある灯台が見える。
俊弥は灯台の近くの駐車場に車を止めた。前回と違い駐車場は空っぽで俊弥達以外には誰も居ない様だった。

レイナは俊弥がエンジンを止めるのも待たずに車の外に出た。俊弥がエンジンを止め車外に出るのももどかしげに、俊弥を手招きする。
レイナは一緒についてこようとするアサミ達を制止して、俊弥の腕をひっぱり、岬の周囲にある砂浜へと降りていった。


「あー」海を見ながらレイナが何かを思い出した様に叫んだ。
「何?」
「ご飯食べてない」
俊弥はその言葉に思わず吹き出した。
そういえば遊園地を回る間にクレープやらを二人で少し食べたくらいだ。
「どっかご飯食べられるところに行く?」俊弥はレイナの横に転がっている手ごろな大きさの岩に腰掛けながら聞いた。
「うーん、よか。ちょっとここでボーっとしたい」レイナはそう言いながらしゃがみこんで、砂をいじり始めた。
俊弥はそんなレイナを見ながら手元の小石を何気なく拾って軽く海に向かって放り投げた。
水切りをさせるつもりだったが、うまくいかず、波に飲まれて沈みこんだ。
腰が入ってなかったからか、回転が足りないからか。俊弥はそんな風に考えて、腰掛けていた岩からすぐに立ち上がり、なるべく横に回転させやすそうなひらべったい石を探した。
手ごろな石を見つけると今度は全身を使ってえいやとサイドスローで投げる。
石はクルクルとキレイに横回転しながら波間につきささり、三度ほど海面を跳ねてから海に消えた。
「よっしゃ」俊弥は思わずガッツポーズを作った。
「駄目だよ」しゃがみこんだままのレイナは左手を伸ばして俊弥のズボンを軽く掴みながら言った。右手には貝殻か何かを握っている。砂をいじりながら探していたのだろう。
「何が?」俊弥は何を言われているのか理解できなかった。
「前来た時に言わなかったと?」
「???」

レイナは立ち上がってにこりと微笑んだ。
さゆみん
「あー」
「覚えとう?」
「一応…」俊弥はあいまいに答えた。前回ここに来た時にキャメイとレイナが話していたレイナ島の守り神、海獣さゆみん。このさゆ岬に棲んでいると言い伝えられているらしい。

「海に石とか投げるとさゆみんが怒るけん」レイナは真面目な顔でそう言った。
「うん」俊弥はなんと答えて良いかわからないまま、相槌を打った。
「むー」レイナが眉をしかめる。
「何?」
「トシヤ、信じてないっちゃね」
「いや、それは…」
「まあ、いいっちゃ。とにかくここでは海に石を投げたりしたらいけんと」
「はい」俊弥はそう答えるとさっきの岩の上に再びに座りこんだ。
その時、波間に何かがキラリと光った。
俊弥は慌てて立ち上がった。
「もう何っちゃね?座ったと思ったら…」レイナがいぶかしげに俊弥を見る。
俊弥はその問いには答えずに海上の一点を凝視していた。
「トシヤ!」レイナは俊弥の腕を引っ張ってみるが俊弥は全く動じない。
俊弥の瞳は何かを探す様に海に向けられていた。
「ちょっと、上に行こう」俊弥はそう言って灯台の方に歩き始めた。7,8メートルほどの高さに盛り上がった岬の突端に立っている。
「ちょっと待て」レイナが慌てて俊弥に付いて行く。
俊弥は無意識にレイナの手をとって歩いていた。
「トシヤ?何ね?」
「見えたんだ」
「何が?」
「何か」
「ちょ、何のことか全然わからんけん」レイナは抗議するような口調になった。
「波の間に、何か大きな生き物のようなモノが見えたんだ。鯨の背中みたいな。でも色が、ピンク色で」俊弥は混乱した様子で説明した。
二人は灯台の下に辿り着いた。
見学者が海に転落しないように、海の上に高く切り立った岩場には手すりが設置してある。その手すりの上に乗り出す様にして俊弥は海の上を探した。
「何か見えると?」
「いや」俊弥はそう言いながらある一点に目を凝らした。
「レイナ、あれ、あそこ」俊弥の右手が海の上のどこかを指した。
レイナはその方向を見たが太陽の光が海面に反射しているだけで何も見えなかった。
「何も見えん」
レイナがそう言った刹那、海を割って何かが姿を現した。
ピンク色のつるつるした感じの物体が波間を割って進んでいた。
「あれ、トシヤ、あれ」
「ああ」俊弥もうなづいた。それから俊弥は慌てて腰に巻いていたウエストポーチから携帯電話を取り出した。
カメラを起動し海に向ける。携帯電話のカメラでははっきりと目の前に見えているものを捉えられていない様だったが、とりあえずシャッターを切った。
「レイナ、あれって」
さゆみんっちゃ」レイナはポツリとつぶやいた。

ピンク色の物体はそのまま波間に漂う様に浮かんでいた。大きさは、距離感が掴みにくいが、少なくとも数十メートルの長さはありそうだった。
突然、海から体を起こす様にその物体が持ち上がった。ちょうど逆光になり見え辛かったが、何か竜の様なシルエットが一瞬ではあるが、海面上に浮かび上がった。
俊弥とレイナは言葉も無くそれを見つめていた。

「姫、どうしましたか?」アサミの声が二人の背後から響いた。
離れたところで二人の様子を見ていたのだが、二人のただならぬ様子を心配して駆け寄って来たのだ。
俊弥とレイナはその声に反応し、同時に振り返った。
アサミには二人がなんとも表現しがたい不思議な表情をして見えた。
「姫?」アサミは二人の前まで走ってくると再度レイナに声を掛けた。
「アサミ、あれ」レイナは再び海の方を向いて指差した。
「なんですか?」
「だから…」レイナの言葉が止まった。
俊弥も海の方を向き、何かを探していた。
「消えた」
「消えたっちゃね」
「だから何なんですか?二人とも」
さゆみんを見たっちゃ」レイナはそう言うとへなへなと力が抜けた様子で俊弥にもたれかかった。
俊弥は両手でレイナの両腕を後ろから掴んでささえた。
「ね?」その俊弥をレイナは見上げる様にして言った。
俊弥は無言でうなづいた。

アサミは二人が何を言っているのか、なお良くわかっていなかった。