ACCIDENT

ガタ、何かに引っかかったかのようにゴンドラが揺れた。
ゴンドラが頂点を超え、少し下りたところだった。

ガッ!今度ははっきりと何かに引っかかったような音がどこからか聞こえてきた。

「何?」笑いながら外の景色を見ていたレイナの表情がこわばる。
俊弥にも何が起こったのかすぐにはわからなかった。

止まった?
ゆったりと流れていた外の景色が全く流れなくなった。
他のゴンドラと周りの景色や、観覧車の柱とを交互に見比べてみる。

やはり完全に止まっている。

「止まった」俊弥はただポツリとそうつぶやいた。
レイナは不安げに俊弥に身を寄せてきた。俊弥は無意識のうちにレイナの肩を抱き寄せ、ぽんぽんと安心させるように軽く叩いた。
だがレイナの表情からは不安の色は消えなかった。

「これは少々困ったな」俊弥はおどけた声でそう言った。
「神様へのお願いが効きすぎたみたいだ」
「え?」意外な俊弥の言葉にレイナは目を丸くした。
「なんね?」
「レイナとずっとこのままでいられますようにってお願いしたのさ」俊弥は自分のセリフに思わず吹き出しそうになったが、我慢して言い切った。
レイナは急に立ち上がり、俊弥の真正面に立った。
「バカ!!」怒った様な口調で言った後、
「ただの故障っちゃよ」とすました顔になった。
「結構現実だなー、お姫様は」俊弥はからかう様に言った。
「いまどきそんなセリフで女の子は口説けないっちゃよ」
そう言われて一瞬俊弥は赤くなった。
「レイナを落ち着かせたかっただけだよ」
「ふーん」レイナは更にすました顔で俊弥を見た。
「ま、いいっちゃよ」
二人はそこで会話を止め、下の様子を見た。

地上では豆粒の様に見えるアサミ達、近衛兵が遊園地の係員に詰め寄っていた。
おおかた、「貴様、早く動かせ!姫に何かあったらどう責任取るつもりだ」とかなんとか言っているのだろう。

何人かの係員が別の場所から慌てて駆けつけてくるのも見える。


俊弥は他のゴンドラの様子を見た。他にも客は乗っているのだろうか?
確か俊弥達の少し前に乗ったカップルが居たはずだが。
俊弥とレイナのゴンドラから見える範囲では、人が居る様子は確認できなかった。

アサミはなにやらどなり散らしている様だが、係員達はそんなことにはお構いないしに何かの点検を始めていた。

突然ゴンドラ内に騒々しいロックの様な音楽が流れた。レイナの携帯だ。
レイナがすぐに携帯を取った。
「ハロー?」
『姫、ご無事ですか!!』アサミの声だ。隣で聞いている俊弥の耳にまで声が聞こえる。
レイナは思わず携帯のレシーバーを遠ざけた。それから俊弥にも聞こえる様にスピーカーフォンに変える。
『姫、すぐに救出しますので、お待ち下さい。今レスキューチームを手配中です』英語でがなり立てるアサミの声がゴンドラ内に響き渡る。
「レスキューとか呼ばなくてもすぐに動くっちゃろ?」レイナは冷静に日本語で返した。
「それがまだ止まった原因が良くわからないとの事で、いつ動かせるかわかりません。他にも少し客が乗っている様ですし。軍のレスキューチームを呼んでいます」
「あー、わかったっちゃ。じゃあ待ってる」
「それから!!」アサミの声が一層大きくなった。
ミムラとやら!」俊弥が俺?という顔をしてレイナを見た。
「いいか、姫にそそうが無い様にな!貴様の責任で姫をお守りしろ!」
「ちょっとアサミ、そんな言い方」レイナはアサミを諌めたが、俊弥はレイナの携帯を手に掴んで言葉を返した。
「俺がレイナ姫をちゃんと守るよ。心配するな」
レイナはその言葉に少し驚いた様子で俊弥を見た。
「貴様な!」アサミが何か言おうとしたが、レイナが通話を切ってしまった。
それからレイナは俊弥の隣に戻って座り込んだ。
「守ってくれるっちゃね」レイナは悪戯っぽく笑った。
「もちろん、姫がそう望まれるなら」俊弥も笑った。
「よきにはからえ」レイナはそう言って、俊弥の方を身を寄せた。

不意にあたりが暗くなった。
ゴロゴロゴロ!
雷らしき音があたりに響く。
と同時に激しい雨音が二人を乗せたゴンドラを叩き始めた。
「スコールか、こんな時に」
そう呟いた俊弥はレイナの変化に気づいた。身を縮めてさらに俊弥の方に寄りかかっている。先ほどまでの笑顔は無く顔色が悪い。
「レイナ?」
「あ、大丈夫」レイナはそう言うが言葉に力が無い。
雨は激しく、強い風がゴンドラを揺すり始めていた。
暗がりの中で揺れる狭いゴンドラ。
あっという間に気温も下がってきた。
レイナの肩が少し震えている。
「レイナ?寒いの?」
レイナは俊弥の言葉にこくりとうなずいた。
俊弥は両腕で抱える様にしてレイナを抱きしめ、暖める様に背中をさすり始めた。

「ただのスコールだよ、すぐに晴れるから」俊弥はそう言ったが、内心、自分自身も少し不安になり始めていた。晴れて暖かい環境なら良いが、暗く、寒くなってくると、ゴンドラに宙吊りの今の状態に不安を感じずにはいられなかった。
ここが南国の島とは思えないくらい空気が冷たく感じられた。

冷静になれば、先ほどよりは気温は下がったが、それでも蒸し暑いくらいの状態なのだが、突然のアクシデントと悪天候が気持ちをマイナス方向に導いていた。

突然、俊弥は何事か歌い始めた。日本語なのか英語なのか?どこの国の言葉ともわからない不思議な歌詞とメロディだ。
ずっとうずくまって下を見ていたレイナがふと顔を上げた。

俊弥は何か楽しそうにその歌を歌い続けている。

「トシヤ?」レイナは不安そうな顔で俊弥を見た。
「トシヤってば」
俊弥はレイナの顔を見ながら、更に大きな声で不思議な歌を歌う。
よくわからないが不思議と楽しそうな俊弥の顔を見て、レイナの表情がほころんだ。
「ちょ、トシヤってば、その歌変ね」
「そお?」俊弥は不意にレイナの言葉に反応したが、すぐに歌を続けた。
「何ね?その歌?」
「んー、作詞作曲俺。今作った」俊弥は満面の笑みを浮かべて答えた。
「もう、バカぁ」レイナは笑った。

がくん。その時、ゴンドラが揺れた。
二人の顔に一瞬、不安な表情が戻った。

外の雨は少し弱まってきていた。周りはまだ暗いままだが、観覧車を支える柱と、大きな大車輪状のスポーク部分が少しづつ視界の中で位置を変え始めていた。

二人は互いの顔を見合わせた。
次の瞬間。
「動いた!!」二人は同時にそう言って手を叩いた。
「はははは、動いた動いた」
「動いたっちゃねー」

わけも無く笑いあう二人を乗せたゴンドラは徐々に地上に向かって行った。