FERRIS WHEEL

「ねー、次はあれ乗ろ?」俊弥はレイナが指差した先を見上げた。
そこにあるのは巨大な観覧車。うわー、来たよ、っとなぜか俊弥はそんな風に考えていた。レイナと二人で観覧車、嬉しい様な怖い様な、困った様な、そんな気分が混沌と頭の中を駆け巡り、しかしなぜか気分が高揚するのを、俊弥は感じ取っていた。
しかし二人?いや…

「姫、私も乗ります」案の定だ。アサミがレイナの言葉に即座に反応し、レイナと俊弥の間に割って入った。アサミは日本語で話していた。
「えー、レイナはトシヤと二人で乗る」レイナはきっぱりと言い切った。
それを聞いたアサミが俊弥の顔をジロリと睨みつける。
「姫、姫の護衛役としては姫から離れるわけにはいきません」アサミはレイナに食い下がった。
「だって、ここ来る時も別の車に乗っとうし」
「車なら後から付いて行って、いざとなれば止めることもできますが、あの観覧車で上まで行かれては我々護衛は手も足も」
なおも食い下がるアサミにレイナは珍しくムッとした表情を見せた。
「アサミ?あなたはレイナを誰から守ってるの?」
「え?」アサミは不意の質問に何を聞かれているのか良くわからなかった。
「トシヤは全く問題ありません。トシヤから守る必要が無いなら、同じ観覧車に乗る必要はなか。それより怪しい奴が観覧車に近づかないか監視して」レイナは強い口調で言い放った。
そこまでに言われるとアサミは何も言わずに後ろに下がった。
「トシヤ行こ?」レイナはにこやかな顔に戻り、俊弥の腕を引っ張るようにして歩き始めた。



観覧車か、一体何年ぶりだろう?最後に乗ったはいつ?誰と?俊弥がゴンドラの扉が閉められるとふとそんなことを思った。向かい合わせに座るレイナと俊弥を乗せたゴンドラはゆっくりと地上を離れ、上に向かって昇り始めた。
俊弥が下を見るとアサミが明らかに不満な顔で、二人が乗るゴンドラを見上げていた。
その後ろで他の衛兵が二人、周りを厳しい表情で見回している。

「アサミさんって」俊弥はレイナの方を向いて口を開いた。
「日本語しゃべれるんだ?」
「うん、レイナが日本に居た時もずっと一緒だったと」レイナはそう答えた。
「じゃあなんで俺と話す時、今まで英語で」
「アサミは日本があんまり好きじゃないみたい」レイナは大げさに肩をすくめて見せた。「ふーん」俊弥は再度ゴンドラの外を見た。ちょっとの時間でアサミ達衛兵がだいぶ下に見えていた。
「トシヤ?」
「何?」ゴンドラ内に視線を戻すとレイナが俊弥の顔を覗き込む様に見ていた。
「アサミの事、気になる?」
「は?」俊弥はあーっという表情をして天を仰いだ。
「ねえ?」
「いや、あの、多分それ誤解で」俊弥は苦笑いしながら答えた。
「ホントに?」レイナは身を乗り出す様にして自分の顔を俊弥に近づけた。
俊弥は後ろの窓に張り付く様にあとずさった。
「ちょっと変わったカンジの子だから気になっただけで、別に他意は無いよ」
「うーん、ま、よかね」レイナはそう言うとぴょんと腰を浮かせて自分が座っていた席を離れ、対面に居る俊弥の隣に移動した。ゴンドラの座席のど真ん中に座っていた俊弥の右側に自分のおしりを押し込み、俊弥を少し左側にそのまま押しやる。
そうしておいて俊弥の右腕を掴んで寄りかかってきた。
「ちょっとレイナ」
「えへへー」レイナは嬉しそうに笑う。
「なんかデートみたいっちゃねー」
俊弥はそのレイナの言葉を聞いて、急に顔が火照ってくるのを感じた。
「デートって」
俊弥の反応にレイナはん?という顔をした。

「トシヤは、レイナとデートするの楽しくなかね?」
レイナのくりくりした瞳がすぐ隣で俊弥の顔をまっすぐに見つめていた。
「楽しいよ、楽しいさ」俊弥は自分に言い聞かせるかのように答えた。
実際、この子のそばに居るのは楽しい。なぜだろう?単に若くて可愛い女の子だから?
それとも彼女がお姫様だから?
それとも…恋愛感情?俊弥は頭の中でそれを強く否定した。まだ恋愛感情を感じる程に一緒にいるわけでは無いし、それに、この子は何かが…
レイナは確かに可愛いし、一緒にいればなんとなく気分が高揚する。
それはそれでいいじゃないか。とりあえずそんな風に割り切ることにした。
「君みたいな可愛いお姫様とふたりで遊園地に遊びに来てるんだ、楽しく無いわけは無いよ。もしかすると俺の人生の中で一番楽しいかも」俊弥は勢いにまかせてそんな事を口走った。
レイナはその言葉を聞いてケタケタと笑い出した。笑いながらより強く俊弥の方に寄りかかってくる。自分の肩口にレイナの頭が押し付けられ、レイナの方からなんとも言えない香りが漂ってくる。薄い香水の匂いと、この年頃の少女独特の肌の匂い。
俊弥は自分の置かれた状況に少し舞い上がっていたが、ふいに醒めた様な表情になった。
「なんね?」レイナは俊弥の変化に気づき、心配そうな声を出した。
「レイナはさ、なんで俺にこんなに良くしてくれるの?」
「え?」
「俺はここでは外国人だ。そして君はお姫様。いくら俺がこの国の重要な事業に参加するからといって、お姫様じきじきにこんな風に接してくれるのはなぜなんだい?」
「トシヤは嫌なの?」
「嫌じゃないさ。嬉しいよ、本当に」俊弥はレイナに向かって微笑んで見せた。それは本当に本当の事だ。
「レイナは王宮に居る外国の人みんなと仲良くしとうと」
「知ってるよ。でもこんな風に二人だけで遊園地に連れ出したりしないだろう?」
俊弥はそこで深呼吸をした。
「レイナ、君と一緒にいるのは本当に楽しいし、色々良くしてくれて感謝してるんだ。君だけじゃない、キャメイにも。ただ、俺は少しばかり混乱している。こんな夢の様な状況に自分がいる理由がよくわからないし、わからないから、ある日突然終わってしまうんじゃないかってそんな心配もしたくなる」
「そうだね」レイナはトシヤの右腕から手を離してそのまま、今度は俊弥の両手を自分のももの上に手繰り寄せて自分の両手を重ねた。そのしぐさに俊弥はドキリとさせられた。
「トシヤは特別だよ」そう言って俊弥を見上げるレイナの瞳は少し潤んでいる様だった。
「でも、」
「何?」俊弥はささやく様な小さな声で聞いた。
「理由は今は言えない」
「え?」
「とにかくトシヤはレイナにとって特別なの。そしてそれは突然消えたり無くなったりはしないよ」レイナはそう言って下を向いた。
俊弥はそれ以上、何を言っていいのかわからなかった。

「あ!」レイナが急に思い出した様に顔を起こした。
「何?」
「えっと、別にトシヤが好きとかそーいうことじゃないから」レイナは顔を赤くしながら言った。
「あ、じゃなくてぇ。トシヤは好きだけど、そーいう好きとは違うけん」
俊弥は子供っぽく取り乱すレイナを見て笑い出した。
「いいよ、そのうち、言える様になったら理由を聞くよ。今は楽しくレイナと仲良くしとく」俊弥はそう言って自分からレイナを抱き寄せた。
レイナはすこし驚いた様子だったが、嫌がる様子は無かった。
「一応言っておくけど」レイナは俊弥に寄りかかりながらいたずらっぽい顔をした。
「エッチなことはせんでね?」
「するわけないでしょー」そう答える俊弥の声はなぜだかずいぶん甲高い声になっていた。

二人は火がついた様に笑い始めた。

それからレイナはゴンドラの中から見える風景について色々と説明をしてくれた。
そんなレイナを見ながら、とりあえず可愛い妹ができたと思っておくか。そんな風に俊弥は考えていた。