THEATER

それはなんともシュールな光景だった。
平日の映画館はがらがらで、客は俊弥達だけだった。
二人は劇場のど真ん中のスクリーンから遠すぎず近すぎずのベストポジションに陣取り、2列ほど後ろの両側を囲む様に護衛の兵士が二人座っていた。

スクリーンではアメリカ製のチープなB級アクション映画、少しコメディが入ったスパイ物を上映していた。チープといってもCGを使いまくり、非現実的な映像が次々と現れる。何も考えずにぼんやりと見るには最適な映画だ。

レイナは結構この映画が気に入ったのか、時折、キャッキャッと笑い声を上げる。少々マナー違反の感じもするが、何しろ他に客が居ない。
レイナは意識的には無意識にか時折、自分の手を俊弥の手に重ねてギュッと握ってきた。
俊弥はそのたびにビクリとしてしまう自分に情けない思いをしながら、どちらかというとスクリーンよりも笑いながら映画を見ているレイナの様子をぼんやりと見ていた。

本当におかしな光景だ。南国のお姫様と日本の元サラリーマン。しかもお姫様は16歳で俺は…
この子はなんで?
別にレイナに恋しているわけではない。どういうわけかそれだけははっきりと冷静に言い切ることができた。だったら俺はなんでこの子に…

一緒にいるのは嫌じゃない。こうやってこの子を見ているのは本当に楽しく癒される。
ただ心の奥底にどうしても引っかかる何かがあった。

まただ、レイナが俊弥の手を強く握り締めた。たいていの男だったら、とっくにその気になっているだろう。レイナは自分が見られているに気づいたのか、俊弥の方を向いてにっこりと微笑んだ。俊弥は慌てて視線をそらす。
ふと別の視線を感じて振り向くと、斜め後方の座席でアサミが俊弥の方が睨みつけていた。

なんにせよ、この子に手を出したら、あいつに殺されるなきっと。俊弥はそんな風に思いながら映画に集中しようとした。


前半はわりと陽気な感じの映画だったのだが、後半になると少しシリアスな雰囲気になってきた。
主人公と親友の悲しい別れ、元恋人との命がけの戦い、そんな様なイベントをちりばめながら、映画はジェットコースター化してエンディングに向かい雪崩れ込んで行く。

主人公が敵のアジトに乗り込んだ。
恐ろしい様相の怪物が主人公を何度も襲う。
その度に嘘の様なギリギリのタイミングで何度も助かる主人公。そんなシーンが積み重なるたびにレイナが俊弥の手を握りしめる回数が増えてきた。

いつの間にか、レイナは手を握るのはやめ、自分の腕を俊弥の腕に組んでいた。キャッキャと騒いでいたのが静かになり、時折組んだ腕で俊弥を自分の方に引っ張った。


映画はクライマックスに突入していた。
主人公はいわゆるラスボスと最後の対決に挑む。

その相手は袂を分かった親友。なんともありがちな展開。俊弥はそんな風に思っていたが、レイナはますます映画にのめり込んでいる風情だ。

大爆発!スクリーンの中で大爆発!
静かだったレイナがなにやら良くわからない叫び声を上げていた。

主人公は炎の中から奇跡の脱出を見せ、物悲しい空気の中でエンディングを迎えた。

なんだったんだ、これ。
俊弥はなぜか半笑い状態になっていた。面白いのか詰まんないのか良くわからんない映画だな。
まあでも頭の中のもやもやは少し晴れた気分だ。

『おい、貴様』
そう言われて俊弥は顔を上げた。
アサミがいつの間にか俊弥の横に立っていた。
『いつまで姫と腕を組んでいる』
俊弥はそう言われて慌ててレイナの腕を振り解いた。
レイナは、ああもうという顔をした。
『アサミ、何を怒っているの?』レイナはきょとんとした顔でアサミにたずねた。
『姫、何を考えているんですか?姫はこの男に甘すぎます。おかしな噂でも立てられたら』アサミは早口の英語でまくしたてた。
俊弥にはかなり聞き取りづらかったが、なんとなく言われていることは察しがついていた。
『別になんでも無いよ』レイナはそう言うと立ち上がった。
「トシヤー、面白かったね?」レイナにそう言われたが、俊弥はうまく言葉を返せなかった。
「あんまり面白く無かった?」レイナが少し心配そうな顔になる。「レイナひとりで笑ったりしとったけん…」
「いや、それなりに面白い映画だったかなと…」
「トシヤ無理してるぅ」レイナは子供っぽい口調で拗ねたような顔をしてみせた。
レイナはすこし腰を折り、まだ座ったままの俊弥の耳元に口を近づけた。それから小声でささやいた。
「アサミのことは気にせんでよかけん」
それからまた笑顔に戻り、トシヤの腕を引っ張る様にして席を立たせた。
「よし、次いくと」
レイナがずんずんと劇場に出口に向かって歩き出したので、アサミともう一人の護衛兵士、それから俊弥はレイナに引っ張られる様な状態でついていくことになった。

ちょっとシュールすぎるよ、これは。俊弥はそんなことをブツブツと考えながら、レイナのなすがままに引っ張られていた。