SHORT DRIVE

俊弥が運転する車の中でレイナは上機嫌だった。
何語なのかよくわからない歌をルンルンという感じで口ずさんでいる。
「うれしそうだね」俊弥自身の気持ちにはあまり高揚感は無く、ただ流されるままの状態だったが、レイナが楽しそうにしているのになんとなく救われた気分にはなっていた。
「いつも護衛付きの車乗っ取るけん、窮屈で」
「あの車、広いじゃん」
「そういうことじゃなかと」そう答えながらレイナはせまい車内でうーんと伸びをした。
まったくお姫様らしくないその様子に俊弥はくすくすと笑い始めた。
「何笑っとう?」レイナがいぶかしげに聞いた。
「い、いや、なんでも」
「ところでさ、トシヤのお父さんってどんな人?あとお母さんとか兄弟とか」レイナは急に真顔になり、俊弥の家族の事を尋ねてきた。
「親父は…」
「親父はいない。俺がまだ子供の頃にどこかにいなくなった。母さんは再婚して、その後で弟と妹がひとりづつ」俊弥は淡々とした口調で語った。
「あ、…」レイナは何かを言おうとして口ごもった。
「新しい父さんは優しい人で、弟や妹とも仲良くやってる…、いや、妹はちょっと苦手かな?」俊弥の顔に少し笑みが浮かんだ。それを見たレイナは少しほっとした表情になり、俊弥に言葉を返した。
「俊弥のファミリーは楽しい?」
レイナの言葉にファミリーなんて言葉が混ざっているのを聞いて俊弥はプッと吹き出した。それからあはははという感じで笑い出す。レイナは何がおかしいのか良くわからなかった。
「え?なんね?」
九州の方の訛りでしゃべってても、やっぱり外国人なんだな。ファミリーは楽しいって…。説明した方がいいかな?でも難しいな。俊弥はそんなことを思いながら、少し楽しくなってきている自分に気が付いた。
「トシヤ?」
「いや、レイナの言葉の使い方が、なんていうかちょっと日本人があまり使わない組み合わせだったから。えーと、でも別に間違ってはいないから」
「ふーん」
俊弥は前の信号が赤に変わるのに気づいて車を停車させた。すぐ後ろには護衛のリムジンが付いている。
俊弥はサイドブレーキを引くと、レイナの顔をちらりと見てから話し始めた。
「そうだな、うちは楽しいよ。父さん、えーっと新しい父さんの方が、パーティが好きでね。何かと理由をつけては友達や親戚を招いてパーティやらゲームをするんだ」俊弥の養父は地元でいくつかの会社を経営する名士であり、東京に出てひとり暮らしを始めるまでは何不自由の無い恵まれた生活をしていた。
「弟は今大学生で、妹はなんかデザイナーになるとか言って、わけわかんない変な服を作ってるよ」
「新しいお父さんとは仲良かね?」レイナは恐る恐るといった感じで質問した。
「仲、いいよ。うん、上手くいってるんじゃないかな、義理の親子にしては」
「本当に?」
「ん?」俊弥の言葉には深い意味があったわけでは無かった。
「本当に?」レイナはもう一度聞いた。
「余計な言葉をくっつけちゃったかな」俊弥は笑いながら答えた。「本当にうまくいってるんだ」目の前の信号が青に代わり、俊弥は再び車をスタートさせた。
「俺はあの人を尊敬しているし、あの人は俺の事を自分の実の息子同様に扱ってくれた。中学生のときさ、色々悪さしてずいぶん怒られたよ。もう遠慮無しにね」
「ただ」俊弥はそこで言葉を区切った。
レイナは何も言わずに続きを待つ。
「ちょっと親不幸をしちゃったかも」俊弥は軽い口調だったが目は真剣だった。
「何?」
「この島に来ること、反対された」
「どうして?」
「理由は…、よくわからない。でも海外なんか行くくらいなら家に帰って来いって。自分の仕事を手伝わせたいらしい」俊弥はその時のことを思い出した。その時、養父はわざわざ地元から東京に出てきて俊弥を説得に来た。これまで俊弥のやりたいことに反対したことの無かった養父が、なぜかこの時だけは強い口調で何度も帰って来いと言っていた。母親の気持ちを汲んでのことなのか、それとも…
「そっか。あの…」レイナはなにやら口ごもった。

「別にレイナが気にすることじゃないから。俺は自分の意思でここに来たんだから」俊弥はそう言ってフォローしたつもりだったが、レイナは違う事を尋ねてきた。
「トシヤ、本当のお父さんのことはどう思っとると?」
俊弥は少しばかり面食らった。レイナが自分の家庭環境をそんなに細かく聞いているのが意外だった。最初はただの話のたねかと思っていたが…
「わからない。もうずいぶん長い間会ってないから。別に恨みも無いけど、それ以外の感情も…」明るく話したかったが、どんな口調でしゃべって良いのか、俊弥にはわからなかった。

「ごめんね、変な事聞いて」レイナは少し暗い表情になった。
「謝ることじゃないさ。今は…、ここに来て色々なことが起こって少しびっくりしているけど、とっても楽しいよ。君と出会ったことも含めてね」そう言ってから俊弥は少し後悔した。何言ってるんだ、俺は?
俊弥は運転しながら、レイナの方をちら見した。レイナの顔が少しうれしそうに微笑むのを見て、まあ言って良かったかなと思い込むことにした。

そんな話をしているうちに、二人を乗せた車はレイナ本島の繁華街に入っていった。