MEDICAL ROOM

「現在7人を拘束、ミチシゲ艦内で取り調べ中。今のところ双方に死者は無し、重傷者は2名、ただし行方不明者1名」キャメイが事務的に状況を読み上げていた。
あれで誰も死ななかったのか。奇跡的だな。俊弥はそんなことを思いながら医務室の天井を眺めた。
俊弥達は海上プラットフォーム近くに停泊する司令船センチュリーランドに移乗し、怪我をしたものは手当てを、その他のものは休息をとっていた。
俊弥とパルはセンチュリーランドの医務室に運ばれ、さきほど医師の診察を受け終えたところだった。
ふたりは海に落ちてずぶぬれになったため、着ていた服は脱がされ、レインボー7センチュリーランドの作業員用の作業服を着せられていた。この船は長期間海上で行動する時もあるため、船内の倉庫には乗員用の新品の衣類、それには下着も含まれている、がある程度保管されており、下着も含めて真新しいものを着ることができた。
「結局、パルは連中の会話に『破壊工作』みたいな言葉が混ざってるのを聞いて、後をつけていって今回の騒ぎに巻き込まれた?」俊弥はキャメイに聞いた。
「ええ、そういうことになります」キャメイは日本語で答えた。今ここにはパル以外は日本語がわかる俊弥、寺田、レイナ、キャメイの4人だけが居た。王(ワン)は別のところで今日のレインボー7の見学客と一緒にいる。
「英語では無くて、この国の一部の島だけで使われている言葉だったそうです」
パルは周りの会話の意味がわからずにきょとんとしている。

「それよりトシヤ大丈夫?」俊弥のベッドの横に椅子を置いて座っているレイナが横になったままの俊弥を見つめながら聞いた。
「ん。まあ特に骨折とかしてないらしいから。しばらく休んでればすぐに動ける様になるって」
「ごめんなさい」レイナはそう言って、俊弥の手を握り締めた。
俊弥はいきなり手を握られて少し気恥ずかしかったが、振り払ったりするほど元気も無かった。
「レイナが謝ることないでしょ」さらりと言ったつもりだったが、逆にレイナの表情が少し曇るのが見て取れた。つっけんどんに聞こえたのかな?俊弥はそう思って何か言い足そうとしたが、適切な言葉を思い出せなかった。
「トシヤ、この国に来てから大変なことばかり。私達が巻き込んでしまってるなら」
ああ、そうか。俺はすっかりこの子と友達になった様な気でいたけど、レイナはこの国の王族のひとりして責任を感じているのか。俊弥はレイナの態度をそんな風に解釈し、それからなぜだか少し寂しい気がした。
「案外、三村さんはトラブルを呼びやすい性質なんちゃうか?こないだのクルーザーといい、今回のことと言い」寺田が冗談めかしてそんな風に言った。少し重い空気を打ち破りたかったのだろう。
「ちょっと、なんてこと言うんですか!」キャメイが強い口調で寺田に抗議した。
「え、なんや、冗談やがな」寺田は頭を掻きながら弁明した。
キャメイさん、寺田さんに悪気は無いから。なんて言うか」俊弥は寺田を弁護しようとしたが、うまい言葉が見つからない。俊弥としては今の寺田の言葉はありがたかったのだが、日本語のニュアンスがちゃんとキャメイには伝わってなかったのかもしれない。
「レイナもさ、そんな顔しないで」俊弥はどうして良いのかわからず、レイナに握られた手を少し強く握り返した。
レイナは少しびっくりした様子だったが、ようやくにっこりと笑ってうなづいてくれた。
「で、具体的な破壊工作ってなんやねん?」寺田が今回の事件に話を戻した。
「それはまだ良くわかっていません。今残った作業員総出で発射プラットフォームに問題箇所が無いか総点検しています。捕まえた連中の」そこまでキャメイが言ったところで、キャメイの携帯電話が鳴った。この司令船にも携帯電話の中継装置を設置しているらしい。あ!そういえば俺の携帯!確か上着のポケットに入れて…海に落ちた?また買わなきゃいけないのか…
俊弥がそんなことを考えている間にキャメイは誰かとよくわからない言葉で会話していた。
職場でちょっと聞いたところで、この国はいくつもの島に別れているため、島ごとに言葉が違うらしい。教育が進み、英語を話せる人間は増えているが、普段は俊弥や寺田と日本語、英語織り交ぜて会話しているレイナ、キャメイも現地の人間と話をする時はどちらでも無い言語を操っていた。
実際のところ英語も自由自在というわけでは無い俊弥には、3つ以上の言語を操る感覚は良くわからなかった。

用件が終わったのかキャメイは電話を切ると、全員に向き直った。
「どうやら行方不明になっている作業者が今回の破壊工作のリーダーだと、捕まった人たちは主張しているようです。自分達は言われた通りに作業しただけだが、直接何かの破壊に繋がる様なこともやっていないと。もちろん全てを信じてはいませんが」
「それより」俊弥は別に気になることがあった。
「なんね?」レイナが俊弥の手を握りしめたまま聞いた。
俊弥はベッドの上で体を起こした。レイナが慌てて俊弥の背中を支えようと手を伸ばしてくれた。誰かに世話される感じが妙に心地良かった。
「残った作業員でプラットフォームの点検をしていると言ったね?一旦止めさせた方がいい。本当に信頼できる人間だけ厳選して作業させないと。一度全作業員について問題が無いか、今回捕まった人間と関連が無いかチェックさせるべきだ。証拠隠滅をはかられる恐れがあるし、残った奴が破壊工作とやらを仕上げることだって」
キャメイはあ!という顔をすると、すぐさまどこかに電話を始めた。

「どうしてかな」レイナがぽつりと呟いた。
「パパもキャメイもみんなこの国を良くしようと思ってがんばっているのに、なんでこんなことが起こると?」レイナは俊弥と寺田の顔を交互に見た。
『パル?政府の人たちはみんなに何か悪いことしてる?』レイナは今度は英語でパルに聞いた。
パルはよくわからないっといった顔をした。

「あのな、お姫さん」寺田が語り始めた。
「ちょっとこの国はいろいろなことを急ぎすぎてるのかもしれんな」
「急ぎすぎる?」
「例えばロケットビジネス。ロケットって言うのは非常に微妙な技術なんや。ロケットの先端に爆弾積んで飛ばせばミサイルになるやろ?わしらの日本も平和利用を掲げてロケットの開発をしとるが、あれだって、弾道ミサイルにも転用できる。周りの国には少なからずそれを疑うところもあるはずや。それに動く金もでかいからな。どうしてもきな臭い連中が集まってくる。ちょっと前までのどかな南国の島国だったここを急激に近代化しようとして色々な歪みが出とるんちゃうかな?」
「開発をやめればよかと?」レイナは聞いた。
「そうやないよ。そういうことがあることを念頭に置いて、色んな人が話をしながら進めんとあかんいうことや。めんどくさいことやけどな」
寺田の言葉を聞きながら、俊弥は複雑な心境になった。自分はそのめんどくさいことが嫌で日本を出たのかもしれない。
でもどこに行っても理想だけを追える場所なんて多分存在しないのだろう。

「ごめんなさい」レイナは少し悲しそうに言葉を発した。「レイナにはまだよくわからんと」
「そんなに急ぐことは無いよ」俊弥はレイナに握られていた手をそっと離すと、レイナの頭を軽くなでた。レイナは驚いた様子だったが、すっと立ち上がると俊弥のベッドの上に腰掛、体を起こした俊弥の肩に自分の背中を預けてクスクスと笑い始めた。

電話を終えたキャメイがそれを見てアレ?という顔したのが俊弥にはなぜかとても楽しかった。