DIVE

『まずいなあ』キャメイはぶつくさ言いながら手に持ったアサルトライフルからマガジンを抜き、新しいマガジンを差し込んだ。さきほどから事態は膠着していた。相手のいる位置は少しづつ移動している様に見えたが、こちらはほとんど動けて居ない。
彼我の火力に差があり、こちらの銃撃は相手の移動を妨害はしていたが、完全に阻止はできなかった。
『ドミニクさん、私あっちに走って移動しますから、その隙に上に昇ってください。応援が来たら彼らをここに案内して。それからできればもう1セット銃と弾を取ってきて。』手持ちの予備マガジンは残り1個しかなかった。
『それなら私がここで奴らを足止めします。私が先に動くからキャメイさんが上に行って』ドミニクはキャメイの意図に気づいてそう答えた。キャメイは相手を足止めしやすいポジションに移動すると同時に自分が囮になって、ドミニクを安全な上層部分に逃がそうとしているのだ。
『でも、あなたは技術者でしょう?』自分の事を棚に上げてキャメイがさも非戦闘員は下がれ言う口調で拒絶した。
『私は元米国の海兵隊員です。あなたよりはこーいうことへの備えができている』ドミニクは意外な言葉を口にした。
しかしキャメイは譲らなかった。
『いいえ、この国の政府の一員としてここは私が対応します』17歳の女の子とは思えない表情でキャメイは言い切った。
『それじゃあ困るんですよ』ドミニクは再度意外な言葉を口にした。手に持ったハンドガンの銃口キャメイに向けられていた。
キャメイは下げていたアサルトライフル銃口をドミニクに向けようとしたが、その前にドミニクに撃たれるのは確実な距離だった。もしドミニクが彼の言葉どおり海兵隊で訓練を受けた経験があるなら、勝ち目はほぼ無かった。キャメイは悔しそうに顔を歪めながら、自分の銃をキャットウォークの床に置こうとした。

バシュン!静かな発射音が響いた。キャメイは思わず目を閉じた。
再び開いた時、目の前でドミニクがうずくまっていた。ドミニクのハンドガンがキャットウォークの上に転がっている。キャメイは素早くハンドガンを掴むとドミニクに向けた。
キャメイ!大丈夫かい?』ミキティの声だ。周りを見ると数名の兵士とともに近くのキャットウォークにミキティが立っていた。すぐ近くに居た駆逐艦ミチシゲからヘリで駆けつけたのだ。
『ちょっとそこ危ない』キャメイが叫んだ。
伏せるミキティ達。途端に銃撃。ミチシゲの兵士達はすぐさま散開し、それぞれが敵の位置を確認し射撃できるポジションに付いた。ひとりの兵士がキャメイの元に駆けつけ、ドミニクを押さえ付ける。
『お前ら何者か知らないが投降しろ!レイナ王国海軍だ。ただちに武装解除を命ずる』ミキティは持ってきた拡声器で呼びかけた。その途端にミキティに近くに数発の銃弾が着弾した。
『この!』ミキティは拡声器を下ろして応戦する。
『ちょっと、やたらに撃たないで。男の子が人質に!』キャメイが叫んだ。
『んなこと言ったってほっとくと逃げられるぞ』そう言ってからミキティはふと考えた。連中どうやってここから脱出するつもりだ?キャットウォークの下は海水面だ。そこには…
ボート。発射プラットフォームの脚部に持ち主不明の高速艇らしきものがくくりつけられていた。あれか!連中、作業用エレベーターの方に行こうとしているな。
『連中を足止めしろ!エレベーターに行かせるな!』ミキティは仲間の兵士達に向かって叫んだ。


銃声が増えたな。俊弥は外の見えないパイプの中で次の手を考えていた。手に持ったPDAによるとあと10mも行けば外に出るためのハッチがあるはずだった。そこはちょうど正体不明の敵がパルを連れて立てこもっているキャットウォークの近く、というか上のはずで。
俊弥はハッチに辿り着くと、ゆっくりと音を立てない様に注意しながらハッチを開けた。ありがたいことに中からでも苦労せずに開けることができた。全く、都合良過ぎだよ、自分の幸運にぶつぶつ良いながらそろりとハッチの開口部から外を見た。何箇所かで銃声がしており、さっきよりうるさくなっている。おかげで俊弥がここに居ることを下の連中に気づかれずに済みそうだった。下?
俊弥は下を見た。横に開いたハッチの真下に細いキャットウォークが見えた。高さは2メートルくらいあるように見える。その下は海だ。そして、パルは?
居た!作業服を着た数名の男に捕まっている。男達は銃を持ち、時折どこかに向けて発砲していた。色々な構造物で視界を遮られ、俊弥からはキャメイミキティ達を見ることはできなかった。
思ったより高いな。俊弥は逡巡した。真っ直ぐ下に飛び降りてちゃんと着地できるか自信が無かった。しかしパルを取り返さないと連中を取り押さえられない。俊弥は意を決して携帯を掴み、キャメイを呼び出した。

キャメイさん?」
ミムラさん、今どこに?」
「連中の上にいる」
「上?」
「なんか送風用かなんかのでっかいパイプが走っていて、その中を移動してきた。今連中が見えるハッチに居る。パイプの上を移動して連中の真上から飛び降りる。パルを掴んで海に飛び込むから、そうしたら即援護してくれ」
「ちょ、それ無茶」キャメイが言い終わる前に俊弥は携帯のスイッチを切った。
そしてハッチから体を出し、パイプの上によじ登る。結構でかい音を出してしまった気がしたが、下を覗き込んでも相手が気づいた様子は無かった。
だが、下を見ると同時に体に震えが走った。太いパイプのため低いところにあれば、その上を渡るのも容易だろうが、海面から10メートル弱?おそらく7、8メートルの高さでは嫌でも震えが来る。俊弥ははたから見えればおそらくはもの凄いへっぴり腰になってパイプの上を移動した。ちょうど下にパルが見える位置に立つ。

今銃声は止んでいた。できれば連中の気を引く何かが欲しい。俊弥は再度携帯のスイッチを入れ、キャメイを呼び出した。キャメイが出ると小声で話をする。
「どこか、パルに当たらない様に少し外したところを撃ってくれ。連中の気がそっち行った隙に飛び降りてパルを奪取する」
「だから、それ無茶」
「頼む」大声で叫びたいのを我慢して静かに言う。
「許可できません」
「なら勝手にやる」俊弥はまだ携帯のスイッチを切った。キャメイから呼び出せない様に電源を完全に切る。

さてと、俊弥は下を見て深呼吸した。本当に降りられるのか?プロの応援が来たなら彼らに任せるべきでは?しかし俊弥は既に判断力と呼べるモノを失っていた。あまりにも特殊な状況に神経が麻痺してしまったのかもしれない。行く。そう決断した。

ガガガガ。どこかから射撃音が響き、下のキャットウォークに火花が散った。下の連中が銃を構えて応戦を始めた。
今だ!

俊弥はパイプに腰掛けた状態から真下に飛び降りた。狭いキャットウォークがあっという間に目の前に迫る。タイミングを計って膝を折る。信じがたい激痛が膝や踝の関節に走る。バランスを崩して転びそうになるが、それを利用して必死で足を前に出す。飛び降りたすぐ脇にパルが居た。周りの男達の驚いた顔。
俊弥は激痛に耐えながらパルの体を掴む。
そのままキャットウォークの柵の上部に上半身を預けて床を蹴る。
俊弥の腰の部分を支点にして、俊弥とパルの体がキャットウォークの外側にくるりと回りそのまま下へと落下した。俊弥はパルの頭を両腕で抱えて頭からまっすぐに海に落ちた。海面に着水した瞬間、さらに大きな衝撃。
目の前が真っ暗になり気を失いそうになる。
暗い水の中、自分が上を向いているのか下を向いているのかさえわからない。
はるか彼方で銃声が響いていた。

不意に頭が水面に飛び出す。空気、空気、空気。ひたすらに空気を吸う。パルは?どこに?
いつの間にか自分の腕の間からパルが居なくなっている。パルは?

居た!自分で泳いでいる。良かった。そう思った瞬間に力が抜けた。